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東京・青山にあるワタリウム美術館で「ブルーノ・タウト展」が始まった(5月27日まで)。
タウト展と言うと、僕の世代には、今は無き池袋のセゾン美術館で1994年に開かれた「ブルーノ・タウト 1880-1938」展が思い出される。
今回の展覧会も、監修者は同じマンフレド・シュパイデル氏である。
展示品のほとんどは、前回の展覧会の際に出版された、「文化バブル」の余光を感じる浩瀚なカタログ(こうした基礎資料を作り得たという点で「前川國男展」はやはり一頭地を抜いていた)に掲載されている。
会場の広さだけで言えば、かつての展覧会に遠く及ばない。
では、ワタリウム美術館を訪れる意味は無いのか?
いや、これが大有りなのだ。

タウト展
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早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校の
講座「建築家の近代」で、兜町の建築を見学した。
客船を思わせる流線型スタイルが異彩を放つ
三菱倉庫ビル(三菱倉庫建築課、1930)を眺めながら、
人気まばらな夕刻の兜町に、足を踏み入れた。

三菱倉庫ビル

日証館(横河工務所、1928)のある角を曲がる。
TOPIXの傍に、山二証券(西村好時、大正末)、成瀬証券(西村好時、1935)。
戦前の建物の秀作だ。
山二証券 成瀬証券

最後に訪問したのは、みずほ銀行の兜町支店。
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週末はナイン・トゥ・ファイブで、「建築浴」三昧。
「民学の会」が主催する「東京・近代建築ツアー」の案内人として誘われ、
都内に残る明治~昭和の建築を、貸し切りバスで巡った。

国会議事堂

土曜の集合場所は国会議事堂。
前日からの雨が上がって、段々屋根の背後には、抜けるような青空。
普通に撮った写真が、何かの風刺に映るほど・・・。

「民学の会」に引き合わせてくれたのは、春井裕さんだ。
もし、藤森照信さんの著作集が編まれたら、
『東京路上博物誌』(鹿島出版会、1987)を「漫筆」の巻に収録してほしい。
建築の歴史と実作の両方で成功した人は、藤森さんの前に、伊東忠太しかいない。
生前にまとめられたた『伊東忠太著作集』の第6巻は、
「論叢、随想、漫筆」と銘打たれていた。
「建築史家」の鎧を脱ぎかけた文章に、本質がかいま見える。
『東京路上博物誌』が「SD」(1965年創刊の建築雑誌。2000年廃刊)
に連載された86~87年には藤森さんも、共著者の荒俣宏さんも、ほぼ40歳。
「路上観察学会」や「帝都物語」で、快進撃を始める前夜である。
丸の内一帯の動物(装飾)を採集し、東京の地下を探検したかと思えば、
「ミジメ店」突入と銘打って、椅子一つしかない美容院
―「正式には四つあったんだが、奥から二番目を除いて物置台に転身
(トラバーユ)してしまった」― のルポルタージュも。
建築を逸脱しかねない、広い視野。
時に悪乗り気味な文章に、才気がほとばしる。
そういえば、伊東忠太が一世一代の大理論「建築進化論」
をまとめたのも、同じ位の歳だった。
そんな本の構成を務めたのが、春井さんである。

春井さん、それにツアーの企画者である奥田敏夫さんをのぞいては、当日が初対面。
しかし、議事堂を巡り、看板建築を見て、「かんだやぶそば」で昼食の頃には、
打ち解けた気分に。参加者は、編集プロダクションなど出版関係の方が多かったが、
写真家、小学校の先生、内装工事の方などさまざまで、軽快ながらも奥深い会話。
一人で向き合う建築もいいけれど、大勢だとまた違った楽しさがある。

午後は次のようにまわる。
湯島聖堂 ― 伊東忠太の「設計」では無いですよ、という話。
ニコライ堂 ― 司祭さん(でいいのかな?)のご説明で「正教とは何か」がやや分かった。
国立近代美術館工芸館 ― アール・ヌーヴォー展開催中。武田五一の家具などあり。
聖路加国際病院礼拝堂― アールデコ調の照明やら、ハエや蚊のレリーフやら。
奥野ビル(旧銀座アパートメント)― 今は現代アートの巣窟である。
三信ビルディング ― 来年取り壊し。「写真撮影ご遠慮ください」の看板が。
明治生命館 ― 上に巨大な高層ビルが建つ。旧館の裏側が見られるようになったのはいい。
ほか、車窓から靖国神社高灯籠、歌舞伎座などを解説。

駆け巡ったというほうが適当な、強行軍。
それぞれの建物の意味が重なり合って、その狭間であれこれと考えられた。
最後は、もうじき上層の復元が始まる東京駅を訪問。
「古い建物だからぶっ壊せなどという、そんな分かりやすい『悪人』は今、いない。
 みな『記憶の継承』なんて、巧いことを言う。
 だから、80年代の「ノスタルジー」のあり方を越えて、
 素直に、利口でなくてはならないのだが・・・」
なんだか、自問自答のようになってしまった。
19日の「ヒアシンスハウス・風信子建築塾」は、好天に恵まれた。
別所沼を囲んだ公園は、視界がスパーンと開いて、
でも、人間的なスケールで、気持ちいい。
そんな景観で、暑いくらいの気温も、二三度下がって感じられるほど。
「沼」の語感とはだいぶ違うなあ。

今回、立原道造までの日本近代建築の流れを通覧せよという課題が与えられた。
時間は60分。
「早分かり・建築家世代論」を応用して、写真を交えながらレクチャーする。
前に早稲田大学芸術学校で教えていた時に開発した、我流の手法。
ともかく予定の時間に収まって、ほっとした。

自分の番が終わると気が楽だ。席について、さぁ、津村さんの講演を聴こう。
お話は立原道造の建築家としての経歴を紹介することに始まり、
ヒアシンスハウスの背景に触れながら、デザイン過程を追い、
より広い文脈に位置づける。平易なプレゼンテーションでありながら、示唆に富む。
さすがに話の厚みが違う。
最後に触れた戦後小住宅との親近性は、
おそらく津村さんが、これから展開されるテーマだろう。
戦後と戦前の建築のつながりを捉える上で重要であるし、
個人的には、高度成長によって伏流となった流れが、
そこにありそうな気がして、いっそう興味深い。
立原の思想は、吉阪隆正の「住居学」と似ているかもとか、
ル・コルビュジエが「海の人」で、吉阪隆正が「山の人」だったら、
立原道造は何の人だろうとか、いろいろ考えさせられた。

その後、津村さんの案内で、公園内のヒアシンスハウス(復元)を見学。
皆さんとお話する。
アートスタディーズ(*1)の第1回を聞きましたという学生さんや、
吉阪隆正展の夜話に熱心に参加された方がいたのは意外だった。
もっと驚いたのは、このブログを見て、来られた方の存在。
ほとんど知らせていないのだが…。
日常を少し離れての散歩と刺激と社交 ― 休日らしい休日だった。

ヒアシンスハウス内部

ヒアシンスハウスの内部
左手が入口、奥にベッド。ほんとうに小さな、男(の子)一人の夢の空間。

*1 造形作家の彦坂尚嘉さん、評論家の五十嵐太郎さん、暮沢剛巳さんなどを中心に行われている建築・美術の連続レクチャー。月島にあるタマダプロジェクトコーポレーションで、3か月に1回ほどのペースで開かれる。江戸東京博物館の米山勇さんらとともに、2004年11月の第1回でレクチャーした。
文化財保存計画協会の津村泰範さんと、
9月19日の「ヒアシンスハウス」のレクチャーについて打ち合わせた。
ヒヤシンスハウスは、立原道造の設計した、小さな週末住宅。
立原というのは、夭折の詩人・立原道造その人である。

立原道造は建築家の卵でもあった。
第一高等学校から、1934年に東京帝国大学工学部建築学科に入学。
優秀な設計課題に与えられる辰野賞を、在学中に3度も受賞する。
大学の一学年下には、後に世界的建築家として活躍する丹下健三がいた。
立原との交流は、次のように回想されている。
「立原道造さんは私の一年先輩であった。在学中も、卒業してからも、たびたび建築や芸術などについて話し合うことがあった…私とは性格も違うし、考える方向も違っていたが、それがかえって影響し刺激し合う仲にさせた」(丹下健三『一本の鉛筆から』日本経済新聞社、1985年)

1937年の卒業後、立原は、石本建築事務所に入る。
同じ年、ヒアシンスハウスの構想がスタートする。
浦和市郊外の別所沼に建つ5坪ほどの週末住宅である。
《ヒアシンスハウス・風信子荘》と名づけ、50通りもの試案を重ねる。
しかし、1939年に24歳の若さで永眠。ヒアシンスハウスは夢のままに終わった。
それから70年、市民を中心に、実際に建設しようという機運が高まり、
残された図面をもとにして、2004年に竣工。
ボランティアの手で維持され、別所沼の水面を静かに見つめている。

津村さんは、大学院時代から彼を追いかけている、立原道造研究の第一人者。
ヒアシンスハウスの設計にも関わった。
そんな津村さんが、9月19日(月・祝)に講演すると聞いて、
予定を空けておいたところに、思いもかけないメールをいただいたのだった。
「ヒアシンスハウスを巡る建築史の系譜」について、
2人でレクチャーできないかとのこと。
こうしたコラボレーションの機会はあまり無いので面白い、ぜひ、
と返信したら、津村さんも同じことを考えていた。

メールで定まった方向性を確認すべく、最近、ひいきにしている店へ。
バーなのに魚がうまい。美味提供の情熱に満ちた若いオーナーたち。
アルコールをセーブしながら、レクチャーの内容をまとめる。
立原道造が生きていたらどうなっただろうね、から、
建築家の世代構造や昭和建築の分水嶺の話。おおいに刺激を受ける。
津村さんとは、大学院時代からの付き合いと思っていたのだが、
考えてみると、実際に会ったのは片手で足りるほどだし、飲むのはこれが初めて。
大学も違う。でも、気が置けなく話せる。縁は不思議なものだ。
そんなことを考えながら杯を重ね、やがて話題は拡散と歓楽へ。

「風信子建築塾」の情報を、ヒヤシンスハウスのホームページから転記します。
興味を持たれた方は、ぜひ。

第1回 山中知彦+岡本祐輝  8/28(日)
     「風信子都市論 ヒアシンスハウスを巡る浦和の都市論」
      14:00~15:00レクチャー
      15:00~17:00タウン・ウォッチング
      17:00うらわ美術館で自由解散

第2回 津村泰範+倉方俊輔  9/19(月・祝)
     「風信子建築史 ヒアシンスハウスを巡る建築史の系譜」
      14:00~レクチャー 15:30~ヒアシンスハウス現地説明 

第3回 三浦清史+太田邦夫  10/16(日)
     「風信子建築術 ヒアシンスハウスを巡る建築技術」
      14:00~対談 15:30~ヒアシンスハウス現地説明

第4回 永峰富一+西出和彦  11/6(日)
     「風信子空間論 ヒアシンスハウスを巡る道造の空間認知」
      14:15~対談
      ※「ヒアシンスハウス夢まつりin別所沼」同日開催

会場:別所沼会館大会議室  13:30開場
定員:30名(先着申し込み順)
主催:ヒアシンスハウスの会
会場費・資料代:各回 1000円 会員または学生500円 (全回通し 3000円 会員または学生1500円)

予約申し込みは下記(都市建築研究所:山中)まで
 メール : lua@r9.dion.ne.jp
 電話 : 048-814-2370  ファックス : 048-814-2371
 はがき : 〒330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤5-8-1 都市建築研究所
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