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2007.10.18
建築家を継がない

一般名詞ではない「建築雑誌」を、ご存知だろうか?
(社)日本建築学会が明治20(1887)年から発行している月刊誌の名称だ。学会員の数はおよそ3万5千人。一般に売っていない機関誌であっても、部数だけなら専門誌にひけをとらない。
来年の1月号から、五十嵐太郎さん(東北大学准教授)が「建築雑誌」の編集委員長を務める。
編集委員も若返り、幹事も40歳そこそこの布陣になる。
中田千彦さん ― 新建築の副編集長などを務めた後、宮城大学准教授、建築家
大田省一さん ― 東京大学の藤森研究室の助手で、アジア建築史の気鋭のフィールドワーカー
南泰裕さん ― 多彩な執筆活動でも知られる建築家、4月から国士舘大学准教授に就任された
倉方俊輔 ― フリー建築史家、である。
顧問格として「日経アーキテクチュア」の編集長を務めた編集者の細野透さんもいるので、民主党でも自民党でも(リングでも?)空気になりつつある「やっぱり若いのはダメだね」という定説が当てはまらないことを信じたい。この体制が2009年12月号まで、2年間続く。
今日の情報委員会で編集方針を説明することになっていたが、五十嵐さんがどうしても仙台から出て来れないというので、代理出席することに。「今度おごります!」と言われたので、「じゃ、その代わりに」と五十嵐さんの近著『「結婚式教会」の誕生 』
をいただいた。
委員会では、新年度からの構成としては「大特集主義」をやめて特集複数&2~4ページほどの記事を増やすこと、体裁としてはプロのライターの力を適材適所に導入して読みやすくといった改革を説明。細かな記事の内容までは触れないまでも「新しさ」は十分伝わったようだ。
中川武・情報担当副会長から「若手の力に期待しています」と励ましのお言葉をいただく。
ちなみに1月号は「建築雑誌は必要か?」。目を引く特集だ。

息抜きにコーヒーでも飲もうと、建築会館の1階に下りて喫茶アゴラへ。
ご承知の方も多いと思うが、マスターは建築家・吉阪隆正さんのご子息である。
開口一番に「この前、建築雑誌編集長の松村秀一さんに『建築家を継がない』という座談会に引っ張りだされちゃってさぁ」。
好企画の最終号は、さすが松村編集長! 12月~1月と面白い連続になりそうです。
編集委員も若返り、幹事も40歳そこそこの布陣になる。
中田千彦さん ― 新建築の副編集長などを務めた後、宮城大学准教授、建築家
大田省一さん ― 東京大学の藤森研究室の助手で、アジア建築史の気鋭のフィールドワーカー
南泰裕さん ― 多彩な執筆活動でも知られる建築家、4月から国士舘大学准教授に就任された
倉方俊輔 ― フリー建築史家、である。
顧問格として「日経アーキテクチュア」の編集長を務めた編集者の細野透さんもいるので、民主党でも自民党でも(リングでも?)空気になりつつある「やっぱり若いのはダメだね」という定説が当てはまらないことを信じたい。この体制が2009年12月号まで、2年間続く。
今日の情報委員会で編集方針を説明することになっていたが、五十嵐さんがどうしても仙台から出て来れないというので、代理出席することに。「今度おごります!」と言われたので、「じゃ、その代わりに」と五十嵐さんの近著『「結婚式教会」の誕生 』
委員会では、新年度からの構成としては「大特集主義」をやめて特集複数&2~4ページほどの記事を増やすこと、体裁としてはプロのライターの力を適材適所に導入して読みやすくといった改革を説明。細かな記事の内容までは触れないまでも「新しさ」は十分伝わったようだ。
中川武・情報担当副会長から「若手の力に期待しています」と励ましのお言葉をいただく。
ちなみに1月号は「建築雑誌は必要か?」。目を引く特集だ。

息抜きにコーヒーでも飲もうと、建築会館の1階に下りて喫茶アゴラへ。
ご承知の方も多いと思うが、マスターは建築家・吉阪隆正さんのご子息である。
開口一番に「この前、建築雑誌編集長の松村秀一さんに『建築家を継がない』という座談会に引っ張りだされちゃってさぁ」。
好企画の最終号は、さすが松村編集長! 12月~1月と面白い連続になりそうです。
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