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蓼科ソサエティクラブ 麻布第一タウンハウス 黒川紀章著作
 
僕は黒川紀章さんが好きだったのかもしれない。
でなければ、なぜわざわざ2000m近い山を分け入って蓼科ソサエティクラブ(1976)の廃墟を探しに出かけたり、現存していた麻布第一タウンハウス(1974)を嬉々として『東京建築ガイドマップ』に載せたり(註1)、気づけば本棚にほぼ全著作が並んでいたりするだろうか?
建築の実物に触れて新たに発見される事柄は乏しく、結局シャッターを切る回数は他の大御所建築家に比べて極めて少ないにもかかわらず…。
なぜだろうか?
おそらく、その存在が戦後の我々のパワーの反映だからである。あまり見たくない類の我々も含めて赤裸々にしてくれる臆面の無さに、他の建築家の及ばなかった偉大さを感じるからだというのが正直なところだ。
「時代の預言者」、「革命家」、「世界的建築家キショウ」・・・最後までそんな自己評価を好んでいただろう黒川紀章さんは「若者」だった。最後まで枯れることが無かった。
若さが価値だったあの時代の、なんのかの言いながら「世界≒西欧」だったあの時代の、生きた証人だった。もちろん今の若者なんかより、ずっと「若者」であって、その爪の垢を少量摂取するとたぶん薬として作用する。

それくらい好きな黒川さんだから、彼が誤解されていると思うと、無用に一言言いいたくなってしまう。
いわく、工業時代の直接的反映としてのメタボリズム。
いわく、森羅万象のすべてが溶け合う日本的アニミズム。
いわく、時代の思想と形態にしたがって融通無碍に変貌した。

いやいや、黒川さんの本質は一貫していて、それは《移動・流動》の重視にほかならない。
それが(一見技術的な)テクノロジーから(一見環境的な)「共生」までをつなげ、(小さな)カプセルから(大きな)都市までを横断している。「プレハブ住宅」、「メタボリズム」、「メタモルフォーシス」、「道」、処女論集『行動建築論』(1967)、ヒット作『ホモ・モーベンス』(1969)、バロックはすべて《移動・流動》の別名であって、「グレー」や「中間領域」は、そうした流動の基礎(エーテル)である。
一貫しているのは、高速で移動し、多様な要素がぶつかり合う場を生み出すことへの偏愛である。TOKYOはその一番の場だと考えているので、何度も口を挟まずにはいられない(註2)。「共生」も同様に、ぶつかり合うものであって、論理の上でも実作の上でも、決してスタティックで予定調和的なコスモロジーやアニミズムでないのだが、往々にして誤解されている。言うならば「強い個人」のロジックなのである。黒川さんは満身創痍の逝去によって、その美学を貫徹した。
要するに、メタボリズムよりも、和風趣味よりも、シンボリズムよりも、仏教よりも、自身の言う中心モチーフ―「機械」の原理から「生命」へ―よりも、《移動・流動》のほうが上位にあるのだ。
1990~2000年代の近作は、ますますサイボーグ的になってきていた。いつまでも若く、生であり死であるサイボーグ。その建築像=自画像は実は1960年代末までにはっきりと著作に示されていて、率直である(註3)。
黒川さんは決して時流に流されるだけの人間ではないし、言葉だけの人物でもない。建築することに正直な《建築家》なのである。

そうは言っても、ふと思う。
72歳で没したアカデミー・フランセーズ会員・マクシム・デュ・カンがフロベールの友人として記憶されるなら、一つ年上で没したこの日本芸術院会員は誰の友人として記憶されるのだろうかと。



註1 ただし最終確認のミスで場所を誤ってしまいました。エクスナレッジの「東京建築ガイドマップ 明治大正昭和」正誤表をご参照ください。

註2 戯画的なまでにキラキラした東京像へのあこがれはメタボリズム結成以前の「新東京計画案」(1959)から一貫している。約半世紀後の『都市革命』(「革命」!)でも以下の通り。
「創造産業のインフラは国際的な人材を集めることのできる世界的なレストランやカフェであり、最先端のファッションであり、バーやクラブであり、オペラハウスや劇場である。後世の文化遺産となるであろう前衛的な建築が建ち並び、そして何よりも、センスのいい仲間、世界的頭脳、きらりと光る知性、立居振舞いにみえる教養の深さを身にまとった人たちにいつでも会えるという世界都市である。それは例えば、自信に満ちた職人、百年千年の伝統を守ってきた伝統芸能の担い手、世界で活躍する芸術家、音楽家、建築家、そしてこつこつと研究にはげむ革新的な研究者、町の工場の発明家たち、そして学歴や肩書きに関係なく、世界的に挑戦している創造者たちといった創造的階層の人たちだ。彼らは年齢にとらわれず、生涯現役を貫く、志の高い人たちである。」
黒川紀章『都市革命』(中央公論新社、2006.3)p.134


註3 例えば、以下のように。モダニズム建築家に一般的なのは、変わらない人間性を取り戻すための道具として新技術を活用するという主張である。このように新技術によって人間自体が変革するという考え方は特異といえる、「建築家」世界の住人としては。
「情報の洪水の中で、われわれはそれを適当にさばきながら、生きている。そのような環境に対して、人間の肉体的・精神的能力は次第次第に高度の適応性を獲得しつつある。われわれはすでに“改造”されつつあるのだ。」
黒川紀章『ホモ・モーベンス』(中公新書、1969.9)p.97
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