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缶詰めになって執筆しなければならない週末に、興味深いオープンハウスのお誘いをいくつかいただき、ありがたいのだが・・。
一つだけ、一つだけ、と心に誓って、今日は藤原徹平さん(FUJIWALABO)による渋谷のマンションリノベーションを訪れた。

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分かっているねー! 来てみて良かった、と思った。
もう二度とない珠玉の、あのスケールとディテールを生かしたリノベーションだったからである。

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「あの」というのは、例えば、思い出した順で言うと、1925年にできた「船場ビルディング」(この間、小学1〜3年生と訪れて昔のスケールはこうでね、という話をした[子ども建築ツアーのすすめ])や、1958年竣工の「神奈川県住宅公社ビル」(横浜国立大学の藤岡泰寛さんのご案内で、ちょうど昨年の今ごろに中島直人さんら前現代都市建築研究会の見学会で訪れた[藤岡泰寛「横浜の防火帯建築コンメンタール」])や、1967年に完成した「フンドーキンマンション」(大分の建築家・光浦高史さんに先月お招きいただいた。すごかった[DABURA「フンドーキンマンション家守の日記」])が、まったく異なった形態でありながら、共通に持つアレのこと。



建築計画者・小野田泰明さんは、近刊の『プレ・デザインの思想 — 建築計画実践の11箇条』(TOTO出版)において、日本の集合住宅では、経済的合理化の圧力によって「片廊下型」が標準的なものとなり、空間の「均質化」と「断片化」を招いたことを指摘。「こうした自閉した住居プランは、生活行為の外への染み出しを減少させ、共用空間を最低限の外廊下や階段だけからなるアクセスに特化した痩せた空間におとしめてしまう」と明解に整理してくれている。
今回、藤原徹平さんがリノベーションしたのは、典型的な、民間事業者による築50年の片廊下型の集合住宅だ。
思うに、片廊下型という「モデルプラン」だけでは捉えきれない、スケールの問題というものがあるのではないか。2DKから3DK、3LDKへ。大きなキッチンも、エアコンも、独立性の高い部屋も・・と、取り込んでいって、ある瞬間、片廊下型は質を変えてしまったのでは? スケールが1.5倍、2倍になった段階で、決定的に失われたものがあるのではないか。「あの」や「アレ」なんて、さっき言ったのが、それだ(笑)

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今回リノベーションされたのは、外部を意識せざるを得ない住宅である。外廊下と窓の間に、自分がいる、という実感がある。外部と共に生きる住まい、と言っても良い。
窓を開ければ、外廊下側まで空気が流れる。それを想定して、部屋の間には欄間が設けられている。丁寧にキッチンの方向に風が通るように、欄間が雁行して取り付けられている。和風の意匠が、愛らしい。そっけない網入りの大きなガラス窓も、今はかわいい。外廊下にまで気配や物があふれ出す。そんなスケールである。
一言で言うと、これは「立体長屋」だ。理念による統一よりも、当時の庶民性と即物性に成立の基盤を置いている。

「民間」には、こういう良さもあるんじゃないか。日本の集合住宅の軌跡はともすれば、51C型をはじめとする、公団の仕事で代表されがちだ。小野田さんの論も「51C型は良かったのに」と読めなくもなかったり・・。
もちろん、公団の進取の試行には、私もグッと来る。まだその意味は汲み尽くされていないと思う。同時に、文化住宅や社宅、その他の公社やこうした民間の試みにも、また違った良さがあることを忘れるべきではないだろう。それらに光を当てて、その特有の質を現代化することもまた、今すべき行為ではないか。聞けば、このマンションは、福岡県の筑豊で住宅を供給してきた業者がつくったとのこと・・なるほど。

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今回、藤原徹平さんは、2つ並びの住戸をベランダアクセスで連続させる形でリノベーションを行った。クライアントは片方の住戸にずっと暮らしていた。隣の住戸が売りに出されたので購入して、改修設計を依頼した。
もとから暮らしていた住戸は、建具や間仕切もオリジナルのままにしていた。それに対して、新たに購入した住戸は当初の間仕切などは取り払われていた。両者の特徴を生かして、もとの二住戸がベランダでつながる、新しい空間が生まれている。
新たに付け加えたほうの住戸では、子ども用の下に収納のあるベッドが、部屋と動線を静かに干渉させて、親と子、部屋の内外が分断されない使い勝手を編み出している。
古いマンションのリノベーションというと、間仕切を取っ払ってワンルームに・・となりがちだけれど、それでは不可能な空間だ。だって、この当時の住戸は、たとえワンルームにしたところで、こんなものなんだもの。
このスケールだから、家具が空間を規定し、建物の愛らしいディテールが質を決め、住戸が外部空間を常に意識せざるを得ない。藤原徹平さんの設計は、この良さを改めて認識させるようなプランニングである。安東陽子さんのカーテンは網入りガラスとつかず離れずのデザインであり、岡安泉さんの照明はベタつかない当時の即物性をさらにカッコいいものに思わせて、共にもとからのディテールを引き立てている。

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一言で言えば、このマンションは、家具〜建物〜都市が連続するような、もともとの成り立ちであり、リノベーションがその性格を高めているのだ。小野田泰明さんが、現在の日本に一般的な集合住宅(やその他の建築)において問題視しているのも、この「家具〜建物〜都市」間の分断だろう。それを解消するためには、もっと使い手の実際の考え方、使い方に迫らなければいけない。
今回のリノベーションプロジェクトのクライアントは、いかにも渋谷に住んでいるような、実にスタイリッシュな方だった。風が通ること、家自体が広くはなくても近くには何でもあって便利なこと・・。お話を伺うと、このスケールならではの良さが分かって、使いこなされている。
だから、こんな風に、新たな知性を感じさせるリノベーションが成立したのだなあと思う。
とても現代的で、都市的な住まいだった。

こういうことを設計者はどんどん試みて、市場の中で成立させてほしい。さもないと、正当な顔をした、あの野蛮に駆逐されちゃうから・・。私は言うだけだけど、いくらでも応援する。そして、そこにはきちんと仕事をしている研究者同士の連携も欠かせないだろう。
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