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伊東忠太フィールドノート
倉方俊輔「挑戦の建築家」(『INAX REPORT』No.168)より

渡邉研司さんの勉強会「MARS会」に呼ばれ、東海大学で伊東忠太の話。
前回「MARS会」で話をしたのは2006年だった。この時のことは、渡邉さんの『論文はデザインだ!』の冒頭に載っている。その日の「吉阪隆正とル・コルビュジエ」の話に来ていなかった「S君」(同書参照)も、今では大学院2年生。渡邉研の中心を担っている。

今期は「デザイン・サーヴェイ」がテーマということだったので、「伊東忠太とデザイン・サーヴェイ」と題して、伊東忠太が1902年~05年のアジア・欧米留学(世界旅行)で目論んだものは何だったのか。どんな風に旅し、何をどう観察し、デザインに結びつけたのかを話す。

小沢朝江さんにも来ていただき、鋭い質問をいただいたので有り難かった。当時におけるアメリカの意味や「デザイン」の持つ含意について考えさせられた。
伊東忠太の観察は単に、デザインの表層を集めるものではなく、その奥の原理を求めるものだった。それが今日は分かって興味深かったが、だとしたら「デザイン・サーヴェイ」という形容はそれに相応しいのだろうか、というのが小沢さんの質問の一つだった。
「デザイン」という言葉は、最終的に作られた形態を指すと同時に、それを作り出す精神を指す。3年間にわたる伊東忠太のサーヴェイは、後者を明らかにしようという意気込みに突き動かされていて、それが1908年末の「建築進化論」に最終的につながる。

もちろん、伊東忠太の頃には「デザイン・サーヴェイ」という言葉は無かったので、まずこれを「デザイン・サーヴェイ」だと見てみたら何が分かるか、という仮説的作業である。
では「デザイン・サーヴェイ」とは何だったのか? 何が行われ、そこで「デザイン」という概念に何が託されていたのかと問うと、まだまだ分かっていない。

渡邊さんたちと昨年、「よみがえるデザイン・サーヴェイ」という冊子を編んだ。
法政大学・宮脇壇ゼミのサーヴェイについて中山繁信さん(工学院大学教授)、芝浦工業大学の相田ゼミに関して相田武文さん(芝浦工業大学名誉教授)、明治大学の神代雄一郎研究室について松本勝邦さん(明治大学講師)にインタビューを行い、有力な証言を得た。

「よみがえるデザイン・サーヴェイ」展&シンポジウム
http://kntkyk.blog24.fc2.com/blog-entry-154.html

「デザイン・サーヴェイ」とは何だったのか?
さらに広く、振り返る必要があるだろう。今年の課題だ。そんなことで、渡邉さんと意気投合。
Secret

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