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関谷和則さんより献本御礼。
「ゼネコン設計部」の本と考えると変わった本だ。
まずタイトルからして変。『凸と凹と』である。
副題にしても「竹中工務店設計部のなかみ」。
これで、いわゆるスーパーゼネコンの一翼を担う竹中工務店の本であることは分かるのだが、それにしたって「なかみ」だから、言葉が穏やかだ。
ゼネコンさんの本というと、トップの言葉がだーん、シャープな写真がどーん。そんな印象を持っておられる方がいるとしたら、僕もその一人だ。
でも、これは違う。シャープな ― 特にこの会社だから尚更である ― 建物の裏にあるざらつきを見せようとしている。
当然ながら、建物は一つの「回答」だ。クライアントからの要求や周囲の環境、工期や予算や法規を考え合わせ、統一の取れた一つのものを答えとして投げ与える。もちろん、回答といっても正解がどこかに載っているわけでないので、それ自体が問いになるような「提案性」は捨てきれない。
時間的な、あるいは、スケールメリットとしての経験の蓄積を使って、その「回答」の質を高めようというのが、ゼネコン設計部や大手組織設計事務所。「提案性」により重きを置くのが、いわゆるアトリエ系と、ひとまずは分けられるだろう。
でも、設計については同じ所も多い。回答をつくってくれる機械は現在のところ無いので、結局、担当者があれこれと知恵を絞り、一つ一つ異なる状況に応えている。

『凸と凹と』は、そんな竣工写真の裏にある物語を編集した本だ。
本の構成はトップダウンではないし、全貌を捉えたシャープな写真はむしろ小さい。ライターによる取材記事と担当者の対話によって、一つ一つのプロジェクトが、どのように要求や環境や条件を読み取り、どう試行錯誤して、回答を出したかを書いている。
編者の長谷川直子さんによる前書きによれば、タイトルの「凸と凹」は建てられた建築と社会との関係。それに注目し、ざらついた試行錯誤も含めて編集するこの本の方針は、考えてみれば、竹中工務店のような設計部のアピールとしても効果的だろう。なぜなら、ゼネコン設計部や大手組織設計事務所は一般に、要求や環境や工期等をより汲み取り、それと組み合わさって有効な働きを示すものを作り出そうという傾向にあるからだ。つまり、誌面映えする建物(例えば凸)だけの勝負ではない。環境(凹)とどうやって一対になるべく設計されていったか。そこが伝われば、クールな見た目の裏に実は暖かい配慮があることも分かってくる。

竹中工務店「公認」だが、事後整理の行き届いた「公式」本ではない感じ。それがいい。
「ゼネコン設計部」と総称しがちだが、実際にはそれぞれの社風があり、その中にプロジェクトごとの性格があり、それを動かしているのは個人だ。例えば、若手「アトリエ系」と同じ30代の設計者が、ずっと大きなプロジェクトを決定しているわけで、しかも、その考えが交通不能なほど異なるわけでもない。
建築とそのまわりをつなげたこの本は、さまざまな建築界(アトリエ系/ゼネコン系/…)とそのまわりをつなげるきっかけにもなると思う。


最後は、個人的な好みから、無い物ねだり。
一つは本書のボトムアップの効能は認めた上で、さらに建物の全体像が伝わると良かった。文章がリアリティあるだけに、どうしても図面のようなものが欲しくなってしまう。「竹中工務店東京本店」の章には模式図があって、本文で述べられた具体的な設計の工夫を確認できるのだが、他の章には無い。
これまでの「公式」本の雰囲気を無くすために、平面図や断面図を意識的に外しているわけだが、それによって文章がやや美しい一般論に聞こえなくもない。
通常の建築図面ではないが、確かで発見的な図式。例えば、大山顕さんの『団地の見究』で優れた効果を挙げていた説明立面図(左側ページ)のようなものがあると、建築と社会の関係がさらに一目瞭然で、慈しみが増したかとも。

もう一つは社内審査会である「デザインレビュー」の話。これが組織事務所の個性であり、強みだと思われるが、その実態は良く分からない。だから知りたい。
具体的なやり取りを密着取材するのか、「プリンシパルアーキテクト」との絡み合いを捉えるのか、その方法は分からないが、個人名で行かない部分の面白さが描けると、組織事務所をアトリエ的に個人名で描くという以上のものに、もっとなるはず。このあたりのことは自分でも考え中で、まだ答えが見つかっていないのだが…。
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