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数理解析研究所

日帰りで京都に行ってきた。「非線形科学」の話を伺うため、京都大学数理解析研究所客員教授の蔵本由紀さんを訪ねた。

「非線形・複雑系の科学とこれからの建築・都市」という特集を、いま「建築雑誌」で準備している。
なぜ、建築史家が非線形? それにはいくつかの理由があるが、確かな契機は蔵本さんの本に出会ったことだった。最初に『非線形科学』(2007)を読んで、「カオス」や「フラクタル」、「複雑ネットワーク」といった個別に聞きかじっていたものを、「非線形科学」という一つのまとまりとして理解することができた。『新しい自然学』(2003)は、それが科学の一つのパラダイムであり、したがって自然の新しい分かり方であることを、自身の具体的研究を基に、開かれた言葉で説いていた。

自然や木々や生物の実に巧みな姿を見ていると、これは誰かがつくった者がいるに違いない、と考えるはずである。少なくとも、後の西欧につながる人々は、そう思った。
しかし、そうではない、創造主を想像しなくてもそれらが説明できるのだ、と考える人がそのうちに現れる。こうして17世紀の科学革命以降、さまざまな「形」の理由が解き明かされていった。細分化して変わらない要素を見出し、数学の言語を使って記述する。多かれ少なかれ、それができれば「科学」である。だから、いわゆる文系の学問も理系の学問も「科学」(自然科学/社会科学)という単語を共通に持っている。物理が「諸科学の王」と言われるのは、それが最も数理的な客観性に近く、すべての基本要素たる物質を説明できるからだ。

「非線形科学」は、その基本要素を数理的な客観性で説明する、という部分を引き継いでいる。だから「科学」の名で呼ばれる。しかし、さまざまな物質の共通性を明らかにする時に、どんどん小さな物質に分解していくというオーソドックスな物理のやり方はとらない。それでは明らかにできないことが多いことに気づいたからだ。
そもそも最初に目を見張ったもの。つまり、大海原の波や木々の枝振り、群れをなす動物たちの「形」は、オーソドックスな物理によっても分からないことが多い。では、どうしたら良いか。単なる既往の科学の批判ではなく、構築的な再検討が1970年代以降に形をなしていった。蔵本さんは同期現象の解明等によって、そこに大きな貢献をなした。これについてはスティーヴン・ストロガッツの『SYNC』(2005)が分かりやすい見取り図を与えてくれる。

で、ようやく建築の話が書ける。こうした変化が建築と無縁でない一つの理由としては、建築も科学の上に立つ工学の一種なのだから、という説明ができる。
しかし、建築には工学の一つに甘んじることを良しとしないところがあり、建築史家もそれに荷担する。
だとしたら、さらに言えるのは、この変化が自然科学と社会科学の両方にまたがってしまう、この分野により大きなものであろうことだ。人間に対して「形」を与える―下手をすると神に成り代わって―建築に、意識的であれ無意識的であれシンクロしていることは、押さえておいて損はないと思う。

  
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