| Home |
2009.03.19
曾野綾子「思い出だけで十分な中央郵便局」

日本における真の「保守」というのは非常に難しいのである。歌舞伎座に関する知事もそうだけど。
鳩山総務大臣の言われることは、死刑の執行に関しても妥当だと思って来た例が多いのだが、中央郵便局の保存に関してだけは、同感できない。
都心にある中央官庁の建物で残さなければならないほどの美的なものはほとんどない、と言ってもいいだろう。
そもそも、文部科学省のあの醜悪な建物の前面を一部残したのにも、私はほんとうにびっくりした。そのことによって大切な空間の利用がどれだけ損なわれたかしれない。
鳩山大臣は、中央郵便局には思い出があるからと言われたが、おそらく文科省の建物にも、文部官僚は思い出があるから残したに違いない。しかし行政は同窓会の論理で動くべきものではない〈中略〉
思い出の場所などというものは、思い出だけで充分なのだ。
歌舞伎座もそうだが、コンクリート造りの戦前の建物などに、文化財保護の目的に叶うものなどほとんどないだろう。木造や、せめて煉瓦建てなら、保存しておきたいものがあるかもしれないが〈中略〉
今の歌舞伎座に行くには、近くの地下鉄の出口にエレベーターもエスカレーターもないので、障害者や高齢者は苦労している。新しい建物になれば、そうした不便も解消されるし、古い建物が、地震の時の災害から人命を守りきれない危険もなくすことができる。〈中略〉
昔戦争の時、私の母たちの世代は、愛着のある指輪や装身具をお国のために供出した。今、国民は公共の利益のために自我を棄てるなどということを全く教えられておらず、従って考えることさえ悪だと思っている。そういう利己主義があらゆる面で、社会を硬直させている。
2009年3月18日(水)産経新聞朝刊「曾野綾子の透明な歳月の月」
昨日までのものを大事にしない者が、いったい国の何を保てるのか? とも思うが、まあ「保守」という考え方が、世界文明の中心国に特殊なもので、その猿真似も、猿真似を嗤うのも、同じ穴のムジナかもしれない。
一気に太古―や西洋、むろん共に仮想の―に飛んでしまうロマンティシズムという点では、日本におけるいわゆる保守も進歩主義者も一緒で、結局そこには行けないので現状に荷担する勢力に終わってしまいがちだった。お守りみたいなものだった。
今回の記事のことは、矢代眞己さんから田島恭子さんを通じて教えていただいた。
局長会
今回の騒ぎは中身が云々ではなく郵政民営化反対族と官庁の巻き返しに乗っかっただけでしょ。一括売却は人の雇用がセットなうえ大赤字とのセット売りでないとお金をつけてもっていてもらう様な入札でないと個別入札は手間もかかるし成立しないでしょう。それを一番いいとこだけ見て「安くたたきうる」なんて欺瞞もいいとこだ。 本局だって本当は残して赤字にしてしまいたいだけのはなし。真意はそこにある。なにそろいまは郵政の足を引っ張って赤字にして「民営化はけしからん」「分割はけしからん」というシナリオにしたいだけのはなし ああいうくだらん説が受けるのであれば日本は終わるね
2009/03/19 Thu 19:37 URL [ Edit ]
倉方俊輔
ふむ、ふむ。
ご卓見ありがとうございます。
難しい話は分かりませんし、分からない話に口を出す趣味は無いので、とても勉強になります。
ご卓見ありがとうございます。
難しい話は分かりませんし、分からない話に口を出す趣味は無いので、とても勉強になります。
こんにちわ。曽野綾子さんの文章には単純に論理的に誤りがあり、結論として「個人的な趣味及び利己主義である。」と批判しながらその理由として挙げられているのはご自身の美意識や日本の文化に対する個人的見解であり矛盾しています。また、略された箇所では伊勢神宮に触れられていますが、条件や時代が違う事など全く無視した論理に唖然とさせられましたが、このような意見に丁寧に反論していくしか方法はないのかと思います。
2009/03/21 Sat 13:07 URL [ Edit ]
kossi
記事を大変興味深く読ませていただきました。
「中央郵便局の保存」=「同窓会の論理」とはかなり乱暴な話で少し呆れます。
「歌舞伎座もそうだが、コンクリート造りの戦前の建物などに、文化財保護の目的に叶うものなどほとんどないだろう」とありますが、前時代(例えば明治時代や関東大震災後)の人々も同じような論理でさぞかし様々な建築文化を破壊してきたのでしょうね。
ところで「「保守」という考え方が、世界文明の中心国に特殊なもの」と書かれてますが、意味がよくわからないので補足を願いたいところです。
個人的には「世界文明の中心国」というあやうい言葉/表現は建築史家が使う言葉ではないと思います。
「中央郵便局の保存」=「同窓会の論理」とはかなり乱暴な話で少し呆れます。
「歌舞伎座もそうだが、コンクリート造りの戦前の建物などに、文化財保護の目的に叶うものなどほとんどないだろう」とありますが、前時代(例えば明治時代や関東大震災後)の人々も同じような論理でさぞかし様々な建築文化を破壊してきたのでしょうね。
ところで「「保守」という考え方が、世界文明の中心国に特殊なもの」と書かれてますが、意味がよくわからないので補足を願いたいところです。
個人的には「世界文明の中心国」というあやうい言葉/表現は建築史家が使う言葉ではないと思います。
2009/03/21 Sat 16:07 URL [ Edit ]
倉方俊輔
かわい様
おっしゃる通りです。その他にも「硬直」は一体どっちか等、これだけ短い文章なのに、いくつも矛盾や齟齬が散見されます。しかし、こうしたものに対して、丁寧に反論していったほうがいいのか、そのエネルギーを他の具体的行動に振り分けた方が良いのか、悩ましいところですね。
おっしゃる通りです。その他にも「硬直」は一体どっちか等、これだけ短い文章なのに、いくつも矛盾や齟齬が散見されます。しかし、こうしたものに対して、丁寧に反論していったほうがいいのか、そのエネルギーを他の具体的行動に振り分けた方が良いのか、悩ましいところですね。
倉方俊輔
kossi様
ご精読ありがとうございます。
「『保守』という考え方が、世界文明の中心国に特殊なもの」というのは、確かに言葉足らずですね。ブログなので端折った分を、多少補足します。
まず、前半の「『保守』という考え方」についてですが、思想については専門家ではないので、一般的な認識(だと自分が思っているもの)を書きますと、「保守」は単なる非難や、現状維持を示す言葉ではなく、存在の価値がある一つの思想です。それは人間というものが誤ることを前提にした考え方でしょう。したがって、分かったような気分で鮮やかな進歩を競うより、むしろ、今日まで伝わってきたものを大事にします。当然、そこで重視されるのは、目に見えない理念や太古の出来事などではない。目の前の物や人々の慣習ということになります。つまり、「保守」は目の前の物や人々の慣習を、形骸化した抜け殻や偶然の産物とは見ない。そうではなく、蓄積された知恵をその中に見出します。そして漸次的な社会改良の基礎とします。
こんな風に抽象的な理念の普遍性を疑う思想は、近代の西欧で一定の役割を果たしてきたと思います。
ただ・・・と、ここからが後半の「世界文明の中心国に特殊なもの」に関する部分なのですが、そうした立場が西欧以外の近代で成り立つかというと、難しいところでしょう。誤解を恐れずに大づかみに言えば、そもそも足元である「近代」自体が移入ですから、「保守」と「革新」の対立軸も、そのままでは成立しそうにありません。
さて、上記の「保守」理念がさほど間違っていないとすると、曾野綾子さんの論はほぼ「保守」の逆、ということになりそうです。目の前にある現実より、自分が構成した理念を採っているのですから。人間が「人命を守りきれない危険もなくす」などという思い上がった人間中心主義を捨ててでも、受け継がれてきた現実である東京中央郵便局を守れ、というのならまだ話は分かるのですが…(曾野さんの最後の段落は逆にそれに近いですね)。
ということで「世界文明の中心国」というのは、単純に西欧のことです。近代において、それは否定できない。そこから何を考えていくか、逆に「中心」に照射していくかということが、なされるべきかと。それは日本だけでなく、アジアでも、アフリカでも同様でしょう。その意味で、曾野綾子さんの論や、「前時代(例えば明治時代や関東大震災後)の人々も同じような論理でさぞかし様々な建築文化を破壊してきた」という事実を切って捨てないことは、十分条件でないにせよ、必要条件だろうと考えます。
ご精読ありがとうございます。
「『保守』という考え方が、世界文明の中心国に特殊なもの」というのは、確かに言葉足らずですね。ブログなので端折った分を、多少補足します。
まず、前半の「『保守』という考え方」についてですが、思想については専門家ではないので、一般的な認識(だと自分が思っているもの)を書きますと、「保守」は単なる非難や、現状維持を示す言葉ではなく、存在の価値がある一つの思想です。それは人間というものが誤ることを前提にした考え方でしょう。したがって、分かったような気分で鮮やかな進歩を競うより、むしろ、今日まで伝わってきたものを大事にします。当然、そこで重視されるのは、目に見えない理念や太古の出来事などではない。目の前の物や人々の慣習ということになります。つまり、「保守」は目の前の物や人々の慣習を、形骸化した抜け殻や偶然の産物とは見ない。そうではなく、蓄積された知恵をその中に見出します。そして漸次的な社会改良の基礎とします。
こんな風に抽象的な理念の普遍性を疑う思想は、近代の西欧で一定の役割を果たしてきたと思います。
ただ・・・と、ここからが後半の「世界文明の中心国に特殊なもの」に関する部分なのですが、そうした立場が西欧以外の近代で成り立つかというと、難しいところでしょう。誤解を恐れずに大づかみに言えば、そもそも足元である「近代」自体が移入ですから、「保守」と「革新」の対立軸も、そのままでは成立しそうにありません。
さて、上記の「保守」理念がさほど間違っていないとすると、曾野綾子さんの論はほぼ「保守」の逆、ということになりそうです。目の前にある現実より、自分が構成した理念を採っているのですから。人間が「人命を守りきれない危険もなくす」などという思い上がった人間中心主義を捨ててでも、受け継がれてきた現実である東京中央郵便局を守れ、というのならまだ話は分かるのですが…(曾野さんの最後の段落は逆にそれに近いですね)。
ということで「世界文明の中心国」というのは、単純に西欧のことです。近代において、それは否定できない。そこから何を考えていくか、逆に「中心」に照射していくかということが、なされるべきかと。それは日本だけでなく、アジアでも、アフリカでも同様でしょう。その意味で、曾野綾子さんの論や、「前時代(例えば明治時代や関東大震災後)の人々も同じような論理でさぞかし様々な建築文化を破壊してきた」という事実を切って捨てないことは、十分条件でないにせよ、必要条件だろうと考えます。
kossi
丁寧な解説、ありがとうございます。
2点だけ書き留めておきます。
1.
「世界文明の中心国」とは「西欧」と説明されていますが、当初の文面で私が気になったのは、「西欧」を書けばいいところに、あえてわざわざ「世界文明の中心国」という言葉をあてはめたことです。その言葉にあなたの「中心」を占めているであろう史観、価値観、射程距離を垣間見たような気がします(「西欧中心主義史観」とは言い過ぎでしょうか)。
「建築史家が使う言葉ではない」としたのは、例えば「世界文明の中心国」があると仮定としても、有史以来それはその時代や場所によってそれは変化していくからです。建築史家が常に対峙すべき時間や場所という軸をふまえれば、「世界文明の中心国」を「西欧」とするのは「あやうい」ことでしょう。後に「近代において」というエクスキューズ付きで定義されていましたが、ならば「世界文明の中心国」とせずいっそのこと「近代文明の中心国」と書かれた方がよろしかったのではないでしょうか。
こちらの勝手な推測・指摘が的外れでしたらどうぞお気を悪くなさらず。
2.
「前時代(例えば明治時代や関東大震災後)の人々も同じような論理でさぞかし様々な建築文化を破壊してきたのでしょうね」と書きましたが、これは私が「そんな事実を切って捨て」るがごとく「達観した素振り」をしているということではなく、曾野綾子氏に対する単なる「厭味」です。それは「丁寧に反論」「他の具体的行動」以外の方法の一つではありますが、建設的ではないと言われればまったくもってその通りなのでなんとも耳が痛い限りです。もっとも「達観した素振り」も「厭味」も「ニヒリズム」という「同じ穴のムジナ」と言われればそれまでです。
2点だけ書き留めておきます。
1.
「世界文明の中心国」とは「西欧」と説明されていますが、当初の文面で私が気になったのは、「西欧」を書けばいいところに、あえてわざわざ「世界文明の中心国」という言葉をあてはめたことです。その言葉にあなたの「中心」を占めているであろう史観、価値観、射程距離を垣間見たような気がします(「西欧中心主義史観」とは言い過ぎでしょうか)。
「建築史家が使う言葉ではない」としたのは、例えば「世界文明の中心国」があると仮定としても、有史以来それはその時代や場所によってそれは変化していくからです。建築史家が常に対峙すべき時間や場所という軸をふまえれば、「世界文明の中心国」を「西欧」とするのは「あやうい」ことでしょう。後に「近代において」というエクスキューズ付きで定義されていましたが、ならば「世界文明の中心国」とせずいっそのこと「近代文明の中心国」と書かれた方がよろしかったのではないでしょうか。
こちらの勝手な推測・指摘が的外れでしたらどうぞお気を悪くなさらず。
2.
「前時代(例えば明治時代や関東大震災後)の人々も同じような論理でさぞかし様々な建築文化を破壊してきたのでしょうね」と書きましたが、これは私が「そんな事実を切って捨て」るがごとく「達観した素振り」をしているということではなく、曾野綾子氏に対する単なる「厭味」です。それは「丁寧に反論」「他の具体的行動」以外の方法の一つではありますが、建設的ではないと言われればまったくもってその通りなのでなんとも耳が痛い限りです。もっとも「達観した素振り」も「厭味」も「ニヒリズム」という「同じ穴のムジナ」と言われればそれまでです。
2009/03/26 Thu 15:04 URL [ Edit ]
| Home |