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清里聖アンデレ教会

義父ができるまで知らなかったのだが、牧師というのは個々の教会の所属ではないため、教区ごとに異動があるらしい。
9年いた清里から移ることが決まって、最後の日曜日の礼拝が1月4日だと聞いた。いわば「最終講義」のようなものだろうか? だとしたらなおさら駆けつけないとならない。万難を排して。

清里聖アンデレ教会と富士山

特急に2時間揺られる。右に富士山を、左に八ヶ岳を眺めて、坂を上がる。高原に清里聖アンデレ教会が建つ。
聖餐式は「最終講義」ではないので、「何々と私」といった大上段な話が繰り広げられるわけでもなく、義父らしく、日ごろと変わらない様子で進む。
ただ、普段と違うのは、詰めかけた110人余の人々で、板敷きの部分にまで座布団を敷かなければ収まらないほどだった。
なんのかんの言っても“量”は嘘をつかない。快晴の下、聖餐式は幸せそうだった。

清里聖アンデレ教会03

この畳敷きの教会は「新建築」1949年12月号の表紙になっている。
標高1300mの開拓の地の礼拝堂。それが表紙を飾っていることも含め、時代を感じさせる。
「山の上にある教会は、隠れることができない」。
マタイによる福音書を下敷きにした義父の言葉が印象的だった。

*「建築浴MAP」(googleマップ)で所在地を見る
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