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外観しか望めないが、外観だけでもその異形が知れる。周囲にベランダをまわし、木造のようなプロポーションの柱で支える。知事の公館がベランダコロニアルの「擬洋風建築」なのである。まるで明治10年代のような。
一方で、この建物の隣には書院造りの和室棟が連なる。明治20年代から昭和戦前期まで、公的な立場を持つ日本人の住まいとしてあった「和洋並列型」にならったようでもある。
完成は1974年。この年の『都市住宅』の年間テーマは「保存の経済学」だった。10月には新建築臨時増刊『日本近代建築史再考―虚構の崩壊』が出ている。戦前の「様式建築」再評価の時代だったわけだが、それは通常、最先端で活躍している建築家にとっては反「近代建築」の意を強くさせるものであったとしても、デザインの参照源ではなかったわけであり、そんな気運とシンクロして新作をつくった建築家としては大江宏以外、ちょっと思いつかない。この年にリノベーションの先駆例である倉敷アイビースクエアを手がけた浦辺鎮太郎が大佛次郎記念館(1978)や倉敷新市庁舎(1980)のようなスタイルに走るのは、もう少し後のことであるし。
公館の内部を作品集から窺うと、階段の様式的な手摺子や床のパターン柄など、キッチュすれすれにも見える。しかし、力技で素材と空間をまとめ上げているに違いない。前年に完成した大江宏の東京さぬき倶楽部(東京都港区、1973)を訪れれば、そうした推測も容易だ。

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