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テレビ番組が縁で、思わぬ舞台に立つことになった。
居並ぶ制服の高校生700名。
見渡すと、学生服とブレザーがちょうど半々だ。
「本校ゆかりの偉人を探ねる」と題して、
伊東忠太の特別講義をすることになった。
ここ米沢興譲館高校は、1697年につくられ、
上杉鷹山が再興した、藩校の興譲館を前身とする。
近代には中学校、戦後は高等学校として、多くの人材を輩出し続けている。
卒業生に、海軍大将・山下源太郎、哲学者の高橋里美、童話作家の浜田広介など。
文化勲章受章者も二人。伊東忠太と、民法学者の我妻栄である。
ここは大学か県のホールか、と思うような立派な講堂は、
卒業生会から寄贈されたものという。
興譲館高校 興譲館記念室 卒業生の資料を集めた記念室

米沢駅で出迎えていただいた物理の先生が、今回の企画担当の方。
「ゆかりの偉人」で行こうということは念頭にあって、
どうしようかと考えていた3月のある日、ふとテレビを付けると、
「妖怪を見た男―近代建築の巨人・伊東忠太の世界」が放送されていた。
すぐに制作した山形テレビに連絡。生徒の目線に近い人ということで、
担当のディレクターから、出演者のアドレスを聞いたという。
外部の先生による特別講義は、毎年おこなっていて、
2年前は数学者の秋山仁さんが講演、生徒に受けていました。
そんなお話にプレッシャーを感じるよりも、
僕の神経は、目の前の米沢牛の美味しさに集中していたのだった。

講義の時間は1時間と少し。
講堂の設備が整っていたのと、聴衆の真面目さがあって、とても話しやすかった。
最後に生徒代表が壇上に上がり、お礼の言葉を述べる。
通り一遍のあいさつと想像していたら、
伊東忠太の中には「美術」と「学理」と「国家(≒社会)」への志向があって、
それは彼が大学に入った時の「建築」とは相いれないものだったのだけど、
自分を信じて「建築」という存在のほうを変え、結果的に先駆となった。
今とだいぶ時代は違いますが、世の中というのは、いつの時代も、
でき上がってしまっていると思ったらそうだし、過渡期だと思えば過渡期です。
だから、世の中が自分の思う通りでなかったら、忍耐強く、
大胆に、それを変えていってください(訓話めいてますな)。
といった主旨をうまく読み込んで、意見を述べていた。感心だし、嬉しい。
終了後、校長先生、教頭先生方と歓談。
担当者の顔はつぶさなかったようで、胸をなで下ろす。

米沢を訪れるのは、番組撮影のとき以来1年ぶり4度目だが、
これまでは雪の無い時期にしか来ていない。次は冬を体感しなければ。
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