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中山英之さんのオープンハウスを見に、それだけのために週末、京都に車を走らせた。
関西は不案内なので、カーナビに任せておいたら、京都東ICで降りた。
山科のあたりが渋滞している。目を左右に走らせていると、んっ。

サント産業本社

半透明のガラススクリーンが無残にもはぎ取られているが、
あれは北川原温さんのサント産業本社・・・。

サント01,北川原温,1991 北川原温公式ホームページより

1991年の完成だから、まだ20年も経っていない。
高松さんと言い、京都のポストモダニズム建築は受難だよね、
というような話を、中山さんの住宅に行ったら、平塚桂さんがいたので、してみた。

以下はその近くにあった建物。
潜水艦の窓のような、機能が形になった「あんたの時代は良かった」(ジュリー)的ミリタリーな仕様が80年代の伸系で、下層階は妙に普通な、やりきれていない所にホッとしたりして。

高松系
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10月10日は日本大学のスーパージュリー(設計講評会)に呼ばれて、お茶の水に行った。
呼んでくれたのは、准教授の佐藤光彦さん。待ち合わせ場所の駿河台校舎1号のカフェテリアで、実は初対面だった。少し面識のある小嶋一浩さん、最近よく話す中山英之さんと一緒に声をかけていただいて、ありがたい。
たぶん私の枠は「歴史家」ということだろう。それが少しは役に立つものであることを示さねば。やや気負いながら、好きなクリームコロッケがランチのメニューにあったので食べる。

学生時代に講評会なんて選ばれることの無かった(選ばれるつもりも無かったが)私にとって、講評会のゲストに呼ばれるのは、これが2回目だ。
1回目は熊本大学准教授の田中智之さんに誘われてのことだった(過去の関連記事)。田中さんは優秀だった。学年180人の中で20人もいない講評の場に、どの課題でも選ばれていたような記憶がある。

日本大学のスーパージュリーも、なかなかの倍率である。
今回は2年生、3年生が中心で、1課題あたり3人。1学年が300人いるというから、1%の狭き門だ。
それにしたって、まだ建築を始めたばかりの2年生の第1課題なんて、言うべき言葉が出てくるのだろうか?
そんな疑問は杞憂だった。
最初の課題から、小嶋さんと中山さんの建築に対する姿勢を垣間見ることができた。それだけ、学生がウソを付かず、建築にあたっているのだろう。2人の建築家がライブで言葉を紡ぐ様に立ち会えるのは、幸運なことだ。

だが、その後の「住宅」や「図書館」の課題になると、雲行きが怪しくなる。
「住宅」は敷地が500平米超、「図書館」は今の学生にあまり馴染みがないビルディングタイプかもしれない。リアリティの欠如に、分かったような観念が忍び込む。それを体感の延長でカバーするか、ある種の手法の適用でカバーするか、あるいは…、ということは、プロの建築家にとっても分かれ道かもしれない。
小嶋さん、中山さんの言葉も厳しくなる。傍観者を装ってみたが、自分も「条件をよく処理しているが、受け身で・・・建築にこんなことしかできないのだったら、あまり希望があるものに思えない」とか言っていた気がする。

けれど、3年のその後の課題では持ち直した。最後は4年と修士1年の課題が参考的に登場したのだが、それも3者3様に多くを語れるものだった。終わってみれば、初め、中、終わりと、5時間のスーパージュリーは美しい盛り上がりのカーブを見せて、あっという間だった。
設計製図をみている先生方も来られていた。懇親会と2次回でお話できた。日本大学の設計製図への熱意と、講師の層の厚みを実感する。
講評会は楽しい。また呼ばれたいと思う。
五十嵐淳×松岡恭子の二人展

10月14日から11月9日まで、松屋銀座7階のデザインギャラリー1953で、五十嵐淳さん松岡恭子さんの二人展が開かれる。
10月14日の16時からは、向かいのアップルストア銀座で平野敬子さんも交えてのトークショーも。

建築系ラジオでも告知されていました。

38C: みちのくシリーズ「五十嵐淳さん再び」- 建築系ラジオ
http://radio.tatsumatsuda.com/2009/09/38c.html

8月に佐呂間と福岡に立て続けに行ったので、何となく他人事にも思えず。
「起爆空間」01

福岡県の博多で、伝説の住宅がオフィスビルに変身していた。
元ネタは1966年竣工の「起爆空間」。当時U研究室の一員で、後に象設計集団を結成する富田玲子さんが、夫の林泰義さんと共に設計した住宅だ。円い窓が100個開いている。
富田玲子さんの本には、次のように書かれている。


発想の原点は、たまたま見ていた『世界建築全集』に出ていた古代ローマのパン屋のお墓です。立方体の四面に九個の丸い突起物がついていて、二人とも「これだ」って思いました。〈中略〉敷地が東名高速道路の入口にある見晴らしのいい立地だったこともあって、「ウルトラマン」などのテレビ映画に悪の巣窟として登場しましたが、施主の意向で20年前に取り壊されました。

富田玲子『小さな建築』(みすず書房、2007)pp.182-183


最後にある「ウルトラマン…」ということから、ネット上での言及も多い。

百窓:試みられた起爆空間
http://www.kanshin.com/keyword/232588

このオフィスビルは、円窓が95個(19×5)。
惜しい! 5個はどこかに吹き飛んでしまったようだ。

「起爆空間」02

音羽交差点付近には他にも面白い建物が集まっている。
隣にはなぜかファサードの凹んだビル。
それより迫力なのが、向かいにあるヨドバシカメラの駐車場ビルだ。
「われ関せず」なスケール感がかえって都市的。潔い。

「起爆空間」03


ぐるぐる01

今回で第7回になるワークショップ「ぐるぐるつくる大学セミナー・ハウス」を10月10日(土)~12日(月・祝)にかけて、東京・八王子の大学セミナー・ハウスで行ないます。
いよいよ道のネットワークが形になってきました。
今回は木島千嘉さん(建築家/O.F.D.A.アソシエイツ)に「孤風院の会」の取り組みをお話していただきます。
途中参加もできますので、事務局までお問い合わせを。

僕は10日が日本大学のスーパージュリーと重なったので、11日から参加します。今年のゲストクリティックは、小嶋一浩さんと中山英之さんと私。建築夜学校2009の第1夜と重なっているな、たまたま(過去の関連記事)

大学セミナーハウスの眼アップ

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ぐるぐるつくる大学セミナー・ハウス
第7回ワークキャンプ
http://guruguru-tukuru.com/
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1965年に開館した大学セミナー・ハウス (現・八王子セミナーハウス)
は吉阪隆正+U研究室の代表作として知られ、DOCOMOMO20選にも
選出されています。しかし、近年、ユニットハウスの大半が取り壊され、
メンテナンスが十分に行われてこなかったなど課題も生まれています。

このワークキャンプでは大学セミナー・ハウスを舞台に、
建築をつくること、つかい続けること、解読することの意味を考えます。
昼は手を動かして建物を整備し、場所に新たな魅力を与えます。
夜はゲストをお招きし、建築をめぐるさまざまな議論を展開します。

人と人、建築と建築、場所と場所を「ぐるぐる」と連ねていくための3日間。
幅広い皆さまのご参加をお待ちしています。


<プログラム>
●ワークキャンプ
10日(土) 13:00 ~ 12日(月・祝) 15:00
・第二の広場をつくる
・竹を使い場所をつくる
・メインテナンスワーク
●夜話
10日(土) 20:00~ 「ぐるぐる活動報告」
実行委員によるこれまでの成果や今後の方向性など
11日(日) 20:00~ 「孤風院の会の取り組みについて」
ゲスト:木島千嘉(建築家/O.F.D.A.アソシエイツ)

<参加費>
●2泊3日で参加
・学生 8,000円+食事代
・社会人 9,500円+食事代
●1泊2日で参加
・学生  5,000円+食事代
・社会人 6,500円+食事代
●宿泊なし
・2,000円+食事代
(食事代 朝食:500円、昼食:700円、夕食:1100円)

<場所>
八王子セミナーハウス
(東京都八王子市下柚木1987-1)
京王線北野駅よりバス10分
JR八王子駅よりバス15分
京王バス「野猿峠」停留所下車 徒歩3分

<申込み/問合せ>  
ぐるぐるつくる大学セミナー・ハウス実行委員会
事務局:東京都中野区2-25-6パオコムパウンド701
SITE内 担当 田中茂
e-mail : info@guruguru-tukuru.com
tel/fax : 03-3371-2433
TOTO出版20周年

自分をつくってきた本、というものがある。
それを開陳せよ、という企画「建築家の読書術」が、来年1月26日(火)から2月6日(土)にかけて、東京・乃木坂のギャラリー・間で開かれる(11:00~18:00。金曜19:00まで、日・月曜休館)。
語るのは、藤本壮介平田晃久中山英之吉村靖孝中村拓志の5人。総括を倉方が務める。

TOTO出版20周年記念第2弾 30代建築家による連続レクチャー+展覧会「建築家の読書術」
http://www.toto.co.jp/bookshop/20th/lecture_series.html

各自20冊の本をセレクトし、会期中にギャラリーに展示。会期中の連続レクチャーで、それぞれの読書術が語られる予定だ(事前申し込み&抽選制で、申込期間は12月4日~1月8日)。
先日の打ち合わせで、皆が仮のリストを作ってきた(これ大変だと思う。僕はしなくていいので救われた)
柔らかい本も堅い書物も、なるほどと思わせるものも、意外に思うものもあった。
今回、ギャラリー間/TOTO出版が、同世代(1971年~1974生まれ)に声をかけているので、自分と重なったりもして面白かった。

TOTO出版ができて、今年で20年。この「建築家の読書術」は20周年の記念イベントの一つだ。
その間にいろんなことがあった。ネットが普及した。バブルがはじけた。知が格好いい時代からそうでもない時代になった。ポストモダンから見た目モダンに、さらにその先へ。20年間は僕たちが建築を学び始めた時期と、ほぼ重なっている。

あと少しは「若手」建築家でいられるだろうし、いつまでも気持ちは若くいたいと思うのだが、現実には新しい世代が出ている。けれど、老舗に安住することはできない。
中途半端な位置?、それとも有利な立場? それはTOTO出版と少し重なってはいないだろうか。

しかし、5人とも本のことになると、語る語る。
会場構成や内容など具体的なところはこれから詰めていくのだが、明らかにされる内面は実に楽しみ。
昨年から藤村龍至さんがプロデュースしている日本建築学会の「建築夜学校」。
今年は「建築夜学校2009 データ、プロセス、ローカリティ ― 設計プロセスから地域のアイデンティティを考える」と題して、10月1日と8日の2日間にわたって開かれる。

1日目の昨日、会場の建築会館を訪れると、300席の会場はほぼ満員。イベントとしての動員力は昨年以上だ。基本的な枠組みとしては結構渋い日本建築学会の行事なので、これは藤村さんの力だろう。具体的には問題設定力、パネリストを幅広く集めてくる力、宣伝力のたまものと言っていい。『1995年以後―次世代建築家の語る現代の都市と建築』やこれまでのシンポジウム、展覧会などと同じだ。

10月1日のサブタイトルは「データとプロセスについて考える」。メインタイトルの3単語の1つ目の2つ目の関係、ということになる。
藤村さんの初めの趣旨説明は、こんな感じ。
「今回は情報化と郊外化を考えることで、そこで建築が果たす役割を考えたい。『情報化』も『郊外化』も90年代から言われ尽くされたような単語に思うかもしれない。しかし、情報技術が進んだ現在だからこそ、見えてくるものがあり、新たに考えられるだろう。設計技術の情報化を通して、郊外の空洞化の問題を解決できるのではないかと思う」
「AではなくBである」を重ねていくことは論理的思考の基本。内容は明解だ。議論の出発点としては良い。大学院生の時のレジュメ作りを思い出した。

パネリストには、若手建築家の中山英之さん、言ってみれば中堅建築家の小嶋一浩さん、日建設計の山梨知彦さん。コメンテータに難波和彦さん、『パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則』を書かれた非建築畑の江渡浩一郎さんを配し、共同モデレータに情報社会論の濱野智史さんを迎えている。
中山さん、小嶋さんのスタンスは相変わらずいい。山梨知彦さんのお話は今回、初めて聞いたが、エネルギッシュで引き込まれて収穫大。
江渡浩一郎さん、濱野智史さんのような勘所のいい方に、建築のことを語ってもらう。こうした批評、批評家の新たな導入ということをやっている人は、もしかしたら実作者、学者、編集者を含め、藤村さん以外に今、あまりいないかもしれない。
少し前には例えば、栗田勇さんにしても、多木浩二さんにしてもいたわけで、そのほうが健全で、生産的だ。ただ、いわゆる「文系」ではなく、「理系」の人間が入ってくるところが今までに無く、時代を映した現象だろう。そして、今はそれが実り多いと思う。
「アトリエ派」と「組織設計」を分断せず、建築の内から外を見る眼と外から内への視線を交錯させる。本来、日本建築学会がやるべき行為だろうが、言うは易く・・・なかなか難しい。そうした行為は社会の中の建築の未来につながるのだから、何より学生に聴講してもらうイベントにしたいと思っても、実際には幅広い専門の学生を集めることは難しい。
今回の企画はそうしたことを実現させた。きちんと「日本建築学会」の「夜学校」になっていた。

最後の宣伝力には、事後宣伝も入る。イベントが盛り上がったように事後宣伝することが、次の企画の事前宣伝にも当然、なるからだ。
昨年は「ブロガーの皆さん!」と呼びかけていたような気がしたが、今年はtwitterの画面を後ろのスクリーンに投影し、ハッシュタグは「#yagakkou」でお願いします、と。何と言っても今年はtwitterなのだ。

当日の発言には個々に興味深いものが多かったが、それは誰か別の人が書いてくれるだろうから省略。
ここで長々と当日の枠組みについて書いたのは、もったいないなーという思いもあったからだ。
以前のシンポジウムの後に「いちいち藤村さんの所にマイクが戻るのが良くない」と誰かが書いていたような気がするが、今回、客席で聞いてみるとなるほどと思った。
「濱野さんの議論を翻訳すると…」と言うと、より分かりにくくなるのも相変わらずだった。言葉の下の細かなパラメータを拾うには得手不得手がある。言い回しや、議論の前後関係などによって分かる意味合い。ここでパラメータと言っているのは、そういうことだ。
明解な対立軸への「翻訳」は、議論の出発点には向いている。でも、その後は檻のように感じられてしまうこともある。
特に江渡浩一郎さん、濱野智史さんの、柔らかくも鋭い視点が議論にあまり絡めなかった。もっと話が聞きたかった。これではせっかく、お二方を連れてくる力があったのにもったいない。

「人間をアルゴリズミックに動かす」という言葉が議論の中で出ていた。そう、適確な配置とか役割分担というのがある。自分がモノになったように「驚くほど単純で形式的なルール」を適用するのは難しいことなのだけど時には必要だと感じ、また、直接に明解な成果が出なくても、すべては教育的効果だから意味があるといったセンセイ的自己承認に、うっかり酔ってしまうと嫌だなと思ったりして。
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