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日本大学短期大学部01

以前の記事で書いた日本大学短期大学部の「ものつくりワークショップ」。
2泊3日の日程が無事終了し、出来上がった写真を田所辰之助さんが送ってくれた。
空が美しい。竹の生み出す影と、土の陰影が美しい。
最終日には50メートルにおよぶ大「流しそうめん」を敢行して、盛り上がったらしい。

日本大学短期大学部02
編集委員会打ち上げ01

短いようで短い2年間だった。
思えば、2006年に松村秀一さんが日本建築学会の「建築雑誌」編集委員長に就任された時に、ついに長く続いた団塊世代が幕を下ろしたと世代交代を認識したものだったが(その前をたどっていくと岩田衛、布野修司、若山滋、藤森照信、鈴木博之:いずれも敬称略)、次の2008年には一足飛びに1967年生まれの五十嵐太郎さんが引き受けることになった。「編集委員会の幹事をやってほしい」というメールが2年前の5月に来て、そのことを知った。
それが今年の12月号まで。最終号はお楽しみの企画が2つもあり、その内容を審議して、われわれの最後の委員会となった。

思いもかけず声をかけられる以前、松村さんにお会いした時に「異なるジャンルの人と議論することなんてそうないから、編集委員会は大変だけど楽しい」とおっしゃっていた。やってみたら、本当にその通りだった。
今回は世代が若いから、なおさらだったのかもしれない。出席率も良かった。この委員会がなければこれほど心通わすことが無かったかもしれない出会いがあったと思う。
しっかりと手綱をにぎってくれた細野透さん、そして、やりたいことをやらせてくれた(僕だけではなくてみんなに、そして大事な時には決断してくれた)五十嵐さんに感謝したい。

17時半から打ち上げだった。最初の挨拶で細野さんが「本人からは言いにくいだろうから」ということで、五十嵐さんが東北大学の教授に昇進されたことを話す。ヴェネツィア・ビエンナーレのコーディネートと共に、編集委員会の成果が認められて数人抜きだそうだから、良いニュース。歴史系出身で、この若さで旧帝大の教授に就任なんて、ちょっと聞いたことがない快挙だ。
五十嵐さんの人事は聞いていたが、東北工業大学にいた槻橋修さんが神戸大学に移られたというのは初耳だった。『建築ノート』の編集は神戸でも続けられるらしい。けっこう9月でも動くのだなぁ。

編集委員会打ち上げ02

2次会に移動し、噂をしていたら、松田達さんも来た。
みな名残惜しそうで、僕は終電で失礼したけど、もしかしたら朝まで飲んでいたのかもしれない。
以下に今期の編集委員会のメンバーを載せておく。

委員長:五十嵐太郎(東北大学教授)
幹事(顧問):細野透(細野透編集事務所代表)
幹事: 大田省一(東京大学生産技術研究所助教)
    倉方俊輔(建築史家)
    中田千彦(宮城大学准教授)
    南泰裕(国士舘大学准教授)
委員: 石川初(ランドスケープデザイン設計部副部長)
    伊藤香織(東京理科大学専任講師)
    入江徹(琉球大学准教授)
    上野佳奈子(明治大学専任講師)
    大西正紀(mosaki共同主宰)
    金田充弘(東京芸術大学准教授)
    北川啓介(名古屋工業大学准教授)
    芝田義治(久米設計設計本部建築設計部主査)
    杉浦久子(昭和女子大学教授)
    高見真二(国土交通省国土技術政策総合研究所基準認証システム研究室長)
    田島喜美恵(大阪大学大学院)
    谷本潤(九州大学教授)
    内藤伸浩(三井不動産S&E総合研究所上席主任研究員)
    名知博司(清水建設技術研究所主任研究員)
    平田京子(日本女子大学准教授)
    平塚桂(ぽむ企画共同主宰)
    藤村龍至(藤村龍至建築設計事務所代表取締役)
    間田央(大成建設設計本部プレゼンテーショングループプロジェクト・アーキテクト)
    山中新太郎(山中新太郎建築設計事務所代表/日本大学助教)
鈴木晋作さん01

日本大学短期大学部の「ものつくりワークショップ」が大学セミナーハウスで行われ、3日の夜は八王子で吉阪隆正さんについて話した。

僕の前に鈴木晋作さんがレクチャーを行った。映し出された写真に圧倒された。
鈴木さんは1979年生まれの早稲田大学芸術学校のOBで、なかなか行かないような場所に飛び込んでいる。
2004年には東チベットに小学校をつくるプロジェクトの現場監督を務め、翌年からはラオスの子どもの図書館を地元の人々と共に建設している。
映し出されるのは、富士山の頂上と同じような森林限界を超える標高に高原が広がっている光景であり、どの素材が貴重であるかという比重の違いが発生させる見たこともない木材や石材の組み合わせだった。
まちと建物の構成には社会の仕組みや人的関係が反映され、それらを見守りながら、静かに小石を投げ入れるようにプロジェクトの建築がつくられている。

鈴木晋作さん02

国際プロジェクトの中で、場をつくる建築家は必要なんだと実感した。
いま「建築家」と書いたが、この言葉だと語弊があるかもしれず、言いたいのは、彼/彼女がすべてを行うわけではないけれど、いることによって着実に新しいことが起こり出す建設行為のキーマンが必要だと言うことで、それは建物もまちづくりも同じだろう。
そして、そもそも建築家は、その現場が本来持っている人的・地理的・歴史的継承性と無縁なはずなのに、現場に飛び込んで何かをしてしまう存在だから、そうした国際プロジェクトであっても、フツーの国内現場でも、やっていることは意外に地続きだったりする。
日常と非日常は案外、相対的で、交換可能だと思える。

呼んでくれた田所辰之助さん、薩田英男さん、「ぐるぐるつくる大学セミナーハウス」でもお世話になっている長谷川康孝さん、鈴木晋作さんなどと、久しぶりに腰を落ち着けて話した。

日大短大ワークショップ

日本大学短期大学部の選りすぐりの12名の学生が中心になってのワークショップは、竹と版築による場所づくり。翌朝はまだ作業が始まったばかりだったが、きっと今頃は完成していることだろう。
足摺海底館01

以前の記事で書いた通り、2005年に保存再生された高知県土佐清水市の「海のギャラリー」(林雅子、1966)は素晴らしかった。竜串の奇岩はスケールフリーで、〈ひだ〉のようで、奇妙な素材感があった。
しかし、それだけが竜串の魅力なのではない。
サンゴの売店に売り子はいれど、一向に人は通りかからない。なかなか良くできた中国風意匠の「珊瑚博物館」は昨年、閉館したと言っていた。向こうの山の上にあるホテル、あれ廃墟なんじゃないか?

竜串の奇岩 珊瑚博物館01

今でも行きにくいこの場所が、昭和30年代には観光ブームに沸いたとは信じられないが、辺鄙だから良かったのかもしれない。時間を気にせず、まだ見ぬものを求めて進む青春、あるいは白秋の旅。そんな需要は今や、インドか東南アジアか、どこかそっちに向かっているのだろう。

足摺海底館02 足摺海底館03

時代を超えたアートと、流れゆく俗世。「足摺海底館」は言ってみれば、その間に建っている。
この建物について何の予備知識も無かった。奇岩の向こうに見つけた時は、思わず声を挙げた。だって「メタボリズム」なのだもの。
まわりの風景と無縁の赤と白の色彩。強引な開発色を隠そうとしない。そんな所も、今や好感度につながっている。メタボリズムの中でも、これは黒川紀章(的)だろうという直感は、中に入ると確信に変わる。
世間にこれだけ影響を与えられた建築家は他にいたか? 黒川紀章さんはやっぱりすごいぜ。といったことを結論の一つにまとめた記事はこちら。

(23)大阪万博の“未来”が息づく海中展望塔:足摺海底館 - 倉方俊輔の「ドコノモン100選」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/column/20090825/534924/

海中展望塔というものには生まれて初めて入ったのだが、予想以上に楽しかった。竜串の中で、ここだけ人が集まっているのも分かる。
しかし、「海中展望塔」というビルディングタイプがあるのだなあ。取材すると、国内では以下の9つがすべてだと思うけれど、違ったら教えてください。例えば明治のパノラマ館のように、これはこれで貴重な時代の証人かもしれない。

足摺海底館04



■国内に建設された海中展望塔の一覧
1 「白浜海中展望塔」(1970年、和歌山県白浜町)※1985年にタンカーの衝突で倒壊

2 「ブセナ海中展望塔」(1970年、沖縄県名護市)
http://kankou.e-pon.jp/busenapark/

3 「串本海中展望塔」(1971年、和歌山県串本町)
http://www.kushimoto.co.jp/en-tenbou.html

4 「足摺海底館」(1972年、高知県土佐清水市)
http://www.a-sea.net/

5 「玄海海中展望塔」(1974年、佐賀県唐津市)
http://www.sashoren.ne.jp/chinzei/tiiki/kanko6.html

6 「勝浦海中展望塔」(1980年、千葉県勝浦市)
http://www.bay-web.com/leisure/katsuura/

7 「シードーナッツ」(1987年、熊本県天草市)
http://dtn.amakusapearl.com/sea/

8 「白浜海中展望塔(コーラルプリンセス)」(1987年、和歌山県白浜町)※2代目
http://www.kit-press.com/navi/le/shirahama-kaicyu_tenboto/index.html

9 「オホーツクタワー」(1996年、北海道紋別市)
http://www.o-tower.co.jp/towerframe.html