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太郎吉蔵03

引き続き、北海道は滝川で「第3回太郎吉蔵デザイン会議」を鑑賞中。
朝はジャケットを持ってくるべきだと思う涼しさだったが、午後にはかーと暑くなり、今はまた日が傾いて気温が低まっている。
こうした成り行きをただ見守り、その合間からふと立ち顕れてくるものを感受する時間は贅沢だ。能動的に何かをする必要がない。バカンスだ。リゾートだ。

デザイン会議自体がそういうもので、東京から離れたかいがあったと思う。
外気は熱を失い、場は次第に熱を帯びてきた・・・とはいえ、両方ともカラッとしている。
太郎吉蔵02

北海道の滝川に到着。快晴の空に太郎吉蔵が映える。冷たいウェルカムドリンクでのどを潤すと、夏休みという感じだ。
あ、と思ったら、大阪から山崎亮さん(studio-L)もいらしていた。

太郎吉蔵01
2009.08.08 34度→19度
木子七郎の洋館

松山が大都会であることにびっくり。東京にあるものは何でもありそう。アーケードには若い人の姿も目立つ。磁石のように四国地域の人を吸引しているのか。結構な古本屋もあるのもいい。郷土史の本を買う。建築を見た中では、木子七郎の洋館が実に品があって良かった。

昼に羽田に戻り、早稲田のエクステンションセンターの授業をして、また羽田から今度は札幌へ。
30度台から10度台へ。気温が一気に15度下がる。これに慣れてしまうと、帰ってからつらそう。

一夜あけ、今は新堀学さんと苫小牧に向かっている。伊丹潤さんの「石彩の教会」を見ておかねばと思い…。
沖の島サーヴェイ02

沖の島までは宿毛から船で1時間。38年前は2時間かかったという。
1971年に明治大学の神代雄一郎研究室がサーヴェイをしたのと同じ旅館(『建築文化』の記事に「協力」と書いてあった)に泊まり、「ところで…」と我々の主旨を話したところ「あぁ覚えているよ」と。奥から当時の手紙2通を出してきてくれた。

西向きの斜面集落を午後ずっと歩き回っていたので、一気に日焼けした。

沖の島サーヴェイ01
海のギャラリー01

南国土佐の暑さを下げるような、林雅子さん「海のギャラリー」の爽やかさ。折版構造をこれほど軽やかに使った建物はそう無いだろう。ガラスを生かした1・2階の間にも、建物の内外にも涼風が吹き抜けるようだ。外から見ると、民家を思わせるたたずまいで、でも軽やかなのだ。残されて見られたことに感謝。

海のギャラリー02

竜串の奇岩はこの間、目にした伊藤公象さんの作品を思わせる。付近ではドコノモン物件にも遭遇できた。
今は宿毛で沖の島行きの船を待っている。

海のギャラリー03
沢田マンション01

高知県に来ている。個人的には、これで全都道府県制覇の記念すべき地。初日からもうやられっぱなしだ。

沖縄に通じるゆるさと、時に天下国家の枠組みを上回る構想の壮大さ。
土佐の両面が「沢田マンション」には融合していた。歴史的名作であると知った。
何せ屋上が菜園で、鶏を飼っていて、人のうちの庭先に入ってしまった感じで、しかし優しく迎えてくれるのだ。立体コミューン。
スロープはこう人をつなぐんだ、屋上庭園はだから人を幸せにするんだと教えてくれる。
要は「人工土地」である。吉阪隆正がやろうとして達成できなかったことが、できていた。
ここ高知で、高知だから。

沢田マンション02
川奈ホテル01

「アート&70年代(以降)生まれの建築家」という枠組みの展覧会が、この夏は東京で2つ。
ともにレセプションが7月31日からだったので、巡ると「夏フェス」という感じだ。

大西麻貴+百田有希による「夢の中の洞窟 は、東京都現代美術館の中庭(メディアコート)にフォーリーがつくられている。かたちも不思議だが、素材感もふしぎ。見る距離によって前景化される素材感が違い、それが森のようなかたちに屈折して見飽きない。別の天気、別の時間のときに、また来たいと思った。
館内の展示スペースには、制作過程を早回しで移した映像や、プロジェクトの模型一覧。とぐろをまいたような住宅は初めて見た。
これは若手作家のサポートとして行われる「MOT×Bloomberg PUBLIC 'SPACE' PROJECT」の一環で、入場は無料。2010年の1月17日まで開かれている。

伊藤展

新建築の橋本純さんと会い、せっかくだから見に行きましょうということで、これも東京都現代美術館でオープニングの「伊藤公象展」を見に行ったら、実に大当たり。
これが土?と思う。その意味では日常的な素材を裏切っている。しかし、これほどにマテリアルそのものから出てくる形も無い。
それが五感をいたく刺激するのだ。
手を触れれば崩れそうで、触りたくなる(しかし頭では固い陶器であることは分かっている)
既知のあるいは未知の味覚を感じさせて、舐めたくなる(もちろん味などしないだろうが)
一方で、造型はスケールフリーである。ある瞬間には電子顕微鏡を覗きこみ、次の瞬間にはまだ見ぬ古代都市を俯瞰している自分がいる。
建築でいうと、大西麻貴+百田有希と、石上純也(のスケール横断感)が同時にある感じか。
それは、いい意味でシリアスではない。見ていると、隣に「ふにゃ」とか「パリン!」とか、マンガのように吹き出しを書き込みたくなる
長年の素材の追及が、崇高や自然回帰ではなく、深いユーモアへと達している。
アートというのはすごいものだと、久しぶりに思った。

藤村展

さて、表参道のGYREに移動して、「ARCHITECT TOKYO 2009」および「ARCHITECT 2.0」展のオープニング・レセプションへ。ずいぶん人がいたが、それでも一時よりは減ったという。
模型やスケッチなど表現方法もさまざまで、mashcomixによる戦後日本建築史マンガもある。
これだけの場をまとめる面倒さを藤村龍至さんが引き受けていることに、まず感服。
そして、よく見れば各展示の解説が、実に藤村龍至的文脈からの解釈だ。忙しい中でもこういうことをきちんとやるところがいい。

昔、東高現代美術館で、妹島さんや隈さんなど当時の若手建築家による展覧会が開かれたことがあって、その内容は何も覚えていないのだが、ギャラリーで建築展をするんだぁという学生時代の感慨を今でも新鮮に覚えている。
ひとまわりして、建築家がまた違う関り方でそうした場に出て行くのは、多様な波及効果が期待される意味で悪いことではない。意外な出会いが人生の夏にはあって、夏は意外と短いから、自分で楽しまないとならない。

藤村さんたちの打ち上げ