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長田直之さんが設計した集合住宅bloccoに入居を決めた。
「昨日はオープンハウス、ありがとうございました。
 ところで、個人的に借りたいと考えているんですけど…」
見学会の明くる日、タカギプランニングオフィスに
電話をかけている自分がいた。予想外だった。

前提として、(1)部屋が分かれていて、(2)壁が多い
という条件を満たしていたことがあるだろう。
でないと、暮らせない。
本を使って仕事をする身なので、ワンルームだと気分転換が難しいし、
少ない壁だと本棚が置けなくなってしまう。
これは「デザイン物件」の一般的な特徴と反対かもしれない。
今までは、長谷工工務店(現・長谷工コーポレーション)のマンションに住んでいた。
玄関から伸びる廊下の両脇に浴室、「アルミ格子」のかかった小部屋。
LDKをはさんで、バルコニーに面した6畳が2室。
1970年代からありふれている、典型的な「田の字プラン」である。
使い勝手に困ることは無かったのは、確かだ。

bloccoの「十字プラン」は、同じくらいの使い勝手を与えてくれそうだ。
加えて、以前には無かったものが、いろいろある。
最大の魅力として、「眺め」が挙げられる。
これまでも高層階だったので、眺望は悪くなかった。
でも、いってみれば均質な眺め。周囲とは本質的には関係ない。
それに対して、bloccoは不均質な眺めを意識している。
窓はほぼ3種類の大きさに分けられる。
大きな窓=メインの部屋(中央)の端にあって、床から天井まで開いている
中くらいの窓=75cm、110cm四方、細長い窓など
小さな窓=台所の手元を照らすような30cmの窓
それらが部屋ごとに違った位置に配置されていて、
遠くのマンションの一角や、隣の家の盆栽や、
向かいの中華屋の看板が切り取られては、部屋の一部になる。
ここには、景観の「土地性」がある。

これまでのマンションの場合だと、部屋の選択は割とたやすい。
DK表記と方位と階数があれば、だいたい分かる。
眺めにも、それくらいの違いしかない。
でも、bloccoは部屋ごとの個性が強い。平面図で見る以上に。
だから、部屋の選択が、暮らしを大きく左右する。

blocco甍の波

結局、住むことにしたのは、初めに一目ぼれした部屋。
床から天井までの窓のブラインドカーテンを開けると、
すぐ脇から数十メートル先まで、ばらばらな方向を向いた瓦屋根が続く。
ちょうど足元の高さにあるので、甍の波に乗っているみたいだ。
この土地、この建物でないと、こうはならない。それを手に入れたいと願った。
暮らすというのは、地球上の三次元座標の任意の位置に場所を定めるということで、
建築は人工的に土地を設定することによって、その可能性を拡張する営みなのだ、
という当たり前の事実を改めて気づかせる。
全部の中でも、ここが最高の部屋だろう。
他の住人と同じように、そう思っている。
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ファッション誌を眺めていると、タイムリーな記事を発見。
ユナイテッド・バンブーの今季コレクションは、
ル・コルビジェ(表記惜しい!)の
インドのチャンディーガル都市計画からインスパイアされたそうだ。

http://www.adametrope.com/topics/new_arrival/00000110.html
http://www.adametrope.com/topics/new_arrival/00000122.html

「1950年代チャンディーガルの町が彼の建築によって
モダンに様変わりしていくストーリーを、色と形のテクニックを用いて
コレクション全体で表現しています」とのこと。
どのあたりがそうか、写真では良く分からないのだけれど…。
「インドで僕らは笑いっぱなしだった」とは、
「CONFORT」2006年4月号に書いた紹介文の出だしだ。
北田英治さんの写真展「ル・コルビュジエのインド」が3月7日に始まった。
竹中工務店東京本店(江東区新砂1-1-1、東京メトロ東西線東陽町徒歩3分)の
1FにあるギャラリーA4(エークワッド)で、4月14日まで開催されている。

ル・コルビュジエのインド

ル・コルビュジエの後期の代表作として、
インドのチャンディガールに建てた建築群(議事堂、高等裁判所、合同庁舎等)を
知らない人はいないだろう。
でも、実際に訪れての生き生きとした感想や、
手に取るようなカラー写真は、意外と目にすることはない。
そこに目をつけたのが、彰国社の建築文化シナジー。
立ち上げの企画に誘われ、建築家の宮本佳明さん、後藤武さんと
インドに旅立ったのは、ちょうど1年前だった。

ほんとうに楽しい旅だった。同行者がよかった。
後藤武さんが『吉阪隆正とル・コルビュジエ』の書評を
「新建築 住宅特集」2006年1月号で書いてくれたのだけど、
折り目正しい後藤さんの文体の中に、その時の経験が織り込まれていて、
不覚にもじーんときてしまった。

写真を撮影した北田さんとは、チャンディガールで落ち合った。
連れていってもらった屋台のような店で、
鶏の丸焼きが、とっても美味しかった。
翌日、議事堂を訪れた。内部は圧倒的な空間の存在感。
あっけにとられながら、他のインドのル・コルビュジエ作品
とはまた違って「建築」性全開だ、とか
これくらいでないとインド文明の遺産に勝てないよなあ
と考えたことは、覚えている。
北田さんの撮影は1時間あまり続いた。
僕らは写真撮影を許されていなかったので、ゆっくりと見て回った。
しまいには議会席でまどろんで、贅沢な昼寝を楽しんだ。

インドの10日間は、笑ってしまうくらいに濃厚だった。
できあがった『ル・コルビュジエのインド』(彰国社)に、
その一部が閉じこめられている。
経験の個人的な意味は、まだ全貌を見せていないのかもしれない。
でも、吉阪隆正が見通したもの、伊東忠太がつかんだものが、実感できた気はする。
それは建物だけを見ていては、理解できない類のものだ。
生類の造形の妙、皴に刻まれた真実、砂埃の中の秩序。
できあがった北田さんの写真は、それを如実に伝えてくれる。
ギャラリーを訪れよう。
ル・コルビュジエと、吉阪隆正と伊東忠太の見た「インド」に逢いに。
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