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世田谷区民会館06

この間、黒四ダムを初めて見て、これがある時期までの建築家の憧憬の対象だったのだなあと実感した。自然に人工で強く、永久に人間に守ってくれそう。しかも、頭脳の汗と肉体の汗と、両方を同時に感じさせてしまう。
一時期、流行った折板構造の中でも最も「ダム的」といえるのが、「世田谷区民会館+区役所庁舎」。土木技師の息子が設計したこの公共建築で、いま建て替えの検討が進んでいる。

5月16日(土)の13時半から「半世紀を迎えた世田谷区民会館+区役所庁舎」と題したシンポジウムが、国士舘大学多目的ホールで開かれる。パネリストは、映画監督の篠田正浩さん、建築史家の藤岡洋保さん、建築家の野沢正光さん等。
以下のページに詳細が載っている。過去2回のシンポジウムの記録も読める。

社団法人 日本建築家協会(JIA)世田谷地域会
http://www.jia-setagaya.com/

「世田谷区民会館+区役所庁舎」については、前にこんな記事を書いた。

今度は前川國男の世田谷区民会館が…(2008.07.30) - 建築浴のおすすめ
http://kntkyk.blog24.fc2.com/blog-entry-137.html
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東京文化会館内部

少し前のことになるが、3/18に東京文化会館の都響定期演奏会に行った。ラヴェルには目がないので、それがお目当て。
いつもと違う席にしてみようと4階左袖で聴いたのだが、これが大当たり。演奏がというより、ここだと劇場全体の空間を、浴びているような気分になる。

東京文化会館内部03

天井と床も、ステージと客席後端もほぼ等距離なのが、いい塩梅なのだろう。ヴォリューム全体が掴まえられる。天井の湾曲、三角錐の照明スペース、垂直の壁からせり出すキャンティレバーの客席、向井良吉による音響壁面・・・大小さまざまな要素が、一度に飛び込んでくる。それが単純な統一やヒエラルキーではない調和をなしている。

東京文化会館内部02

設計者・前川國男の建築学習期の音楽のよう、と言っては単純に過ぎるかも知れないが、まあそういうことだ。こういう風につくっていたのか、と思う。
そんな最上の劇場鑑賞が、生音のBGMと共に味わえて、わずか1800円。これはお得とクールに構えていたのも最初の1曲までで、ラロのスペイン交響曲が始まった後は、演奏に集中してしまった。

休憩中も人の動きが分かるのが面白く、そのまま座っていた。ふと顔を上げると、正面上段の席で、立って館内を眺めている方がいる。暗くて良く見えないのだが、たぶん・・・帰れば分かると思って同日のブログを見たら、やはり今村創平さんだった―ご挨拶せずにすいません。
こうしたことがすぐに確かめられるのは、インターネットならではだが、2000人の中で親しく発見できるのは、実空間ならではだ。

劇場と言えば、東京の歌舞伎座の超高層ビル化について、「考える会」がメッセージを募集している。以下の通り。
... 続きを読む
埼玉会館手すりその2 開かれた手

左は前川國男の「埼玉会館」(1966)の手すり
*「建築浴MAP」(googleマップ)で所在地を見る
右はル・コルビュジエの「開かれた手」(1954、施工1986)
*「建築浴MAP」(googleマップ)で所在地を見る

こうして見ると、たった1つの建築においても手すりは饒舌だ。
前川國男は手すりにどんな思いを込めたのだろうか?
『手すり大全』で前川建築設計事務所所長の橋本功さんが語っている。
東京文化会館や京都会館などの手すりの詳細写真も美しい。

以前の「相似形」の記事はこちら
2009.01.17 相似形
埼玉会館(1966)の手すり 文化と青少年の家(1959-65)

左は前川國男の「埼玉会館」(1966)の手すり
*「建築浴MAP」(googleマップ)で所在地を見る
右はル・コルビュジエの「文化と青少年の家」(1959-65)
*「建築浴MAP」(googleマップ)で所在地を見る
ピラミッド校舎の天辺

この間、学習院大学を訪れたら、
前川國男設計の「ピラミッド校舎」(大学中央教室、1960)は、跡形もなく・・・
いや、一つだけ形があったな、天辺だけが草の上にあった。
20060830083846.jpg

取材で終日、前川ツアー。
「日経アーキテクチュア」の編集の方と一緒に、
神奈川県立図書館・音楽堂(1954)
神奈川県青少年センター(1962)
神奈川県婦人会館(1965)
神奈川県青少年会館(1966)
世田谷区民会館・区庁舎(1959、1960)
世田谷区役所第一庁舎(1960)
世田谷区役所第二庁舎(1969)
世田谷区立郷土資料館(1964)
埼玉会館(1966)
埼玉県立博物館(1971)
と、10の建築を浴びるように見る。

これだけ一度にまわるのは初めてだ。
他の建築家で同様のことができるかというと、それも難しい。
前川國男さんが、コンペを契機にしながら、
自治体から特命で仕事を受けていたことを改めて思い知る。
今だったら癒着だとなじられるのかもしれない。

写真は1971年に完成した「埼玉県立博物館」。
ここから、前川國男の「後期」が本格的に始まる。
建築界の流行とは関係なく、
一見すると穏やかな、自然に溶け込むような建築を、
長い時間に耐えうる「打ち込みタイル」などを使ってつくっていく。
でも、前川國男は決して、モダニズムから降りたわけではないのだろう。
自然の、なりゆきの世界に戻ってしまったのではないと思う。

写真に撮ったその瞬間から新しさが蒸発し始めてしまうものなんて、
新しさの度合いで言えば、その量は決して大きなものではない。
揺るぎなく建てられた壁に、木々の影が映り込む。
その様子を眺めているうち、
《新しい時だけ新しいのではなく、いつまでも新しくあり続けるもの》
を、前川國男は探求し続けた。そんな確信が胸に宿ってくる。
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