ホテル井筒01_倉方撮影

東京オリンピックの年にできた長野県松本市の「ホテル井筒」。訪れると内装は予想以上にオリジナルで、こういうものを探していたんだ、と思った。

ホテル井筒02_倉方撮影

旅館系のインテリアは改変されやすい。なんど裏切られたことか…。しかし、中でも残りにくいのが浴場で、ホテル井筒も大浴場はさすがに当初のものではなかった。高度成長期的な浴場・温泉施設でインテリアが現役のもの、どこかにありますかね?

(21)コラボレーションが生きた築45年の和モダン建築:ホテル井筒 - 倉方俊輔の「ドコノモン100選」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/column/20090630/533699/

今回もさまざまな巡り合わせがあった。設計者の野老正昭さんとインテリアを担当された野老春子さんから、当時の状況をお聞きできたのも良かった。
「野老」と書いて「ところ」。どこかで見た覚えが…と思ったら、デザイナーの野老朝雄さんは息子さんだった。阿部仁史さんの「FRP Ftownビル」の外装を担当されたり、最近の『新世代建築家・デザイナー100』でも採り上げられている。

ホテル井筒04_倉方撮影

もちろん築45年なので、ホテル井筒の内装が完全に当初のままというわけではない。しかし、これくらいモダンで和で、斬新な設計が残っているものは珍しいのではないか。
玄関ドアのガラスもオリジナル。「HOTEL IZUTSU」のロゴがスタイリッシュだ。サインデザイン〜インテリア〜建築の横断ぶりや、玄関ドアの押し手のデザインなどに感じられるのは、野老朝雄さんとの連続性。

ホテル井筒05_倉方撮影

高度成長期らしい勢いを満喫できる「デザインホテル」。吹き抜けのホール空間を味わい、ガラスブロックの浴室を体験し、宴会場で驚いてほしい。稲葉なおとさんの本に載っているものは知っているよ、というあなたにおすすめしたい。

ホテル井筒03_倉方撮影
座高円寺03

月が変わり、00年代も残すところ半年。
先月6月は「作品批評」を2本、初めて書いたのだった。『新建築住宅特集』の「近作訪問」を2009年4月号まで2年間やらせていただいたり、建築作品を組み込んだ批評は書いたことがあるが、単体の建築に対する批評めいた文章は初体験だった。

座高円寺02

たまたま、両方とも高円寺にある建物だ。
一つは伊東豊雄さんの「座・高円寺」を扱った「都市計画としての劇場」という文章で、10+1 web siteに掲載されている。

倉方俊輔「都市計画としての劇場」 - 特集:都市計画とアートプロジェクト - 10+1 web site
http://tenplusone.inax.co.jp/200905/issue1.php

最初、メディアデザインの荻原さんから「都市計画とアートプロジェクト」という枠組みの中で、という話をいただたときには正直、少し戸惑ったが―なぜなら「都市」と「演劇」は自分から遠いほうのジャンルだから―、訪れてみると、自分が伊東豊雄さんの近作について、かねてから思っていたこととつながった。

BUILDING K02

もう一つは藤村龍至さんの「BUILDING K」を論じた「ネオ・ポストモダニズムの建築言語」で、『建築雑誌』6月号の 特集「検証『批判的工学主義』」の最後に載っている。
特集のサブタイトルに「BUILDING Kから考える」とある通り、これは藤村さんの編集による藤村さんの建物の特集である。見方によっては、自己演出ここに極まれりで、実際そういう批判も耳にした。
どうせ自己演出になるなら極めよと(いう意味だったかは分からないが)、当初の「設計主義」という特集案を「だったら藤村さんのBUILDING Kを対象にしては」と言ったのは編集委員会顧問の細野透さん、同意したのが編集長の五十嵐太郎さんで、はやし立てたのが僕だったのだろう。最後に骨を拾うことになった。

BUILDING K03

書いた当人は根底的な批判のつもりだが、最後に編集委員が出てきてマッチポンプの擁護をしたように読めるかもしれない。それは分からないが、文中で「この階段のデザインはないんじゃないか」と書いた階段の写真が、刷り上がってみると編集者権限のせいか、割とアリのほうの階段の写真になっていたので(笑)、以下に掲載する。

BUILDING K01

(前編から続く)

正直言うと、「M2ビル」の葬儀場化に妙な期待を抱いていた。冠婚葬祭は宗教にまつわるものが本物と思い、葬儀専用のホールというのを結婚式教会と同じような存在だと感じかねない私たちがいる。しかし、リノベーションのデザイン処理は見事で、キッチュな光景が展開しているのではという期待は、すっかり裏切られてしまった。

M2ビル(隈研吾,1991)04_倉方撮影

2階の式場は、もとの「M2ホール」。斜めの外形に沿って古典主義の天井が歪められ、肥大化したオーダーがあいまいにそれを支える。仕切り扉のデザインは右に行くほどに電子時代の静かな崩壊に至るマニエリスムで、同じ作者の「RUSTIC」(1991)の前面柱と同様のギミックだ。

M2ビル(隈研吾,1991)05_倉方撮影

部屋全体は透視図法的な軸性を持っている。それが式場に合っている。その印象は、祭壇の高さを調整して作ったり、後補の照明をリング状にしたりといったリノベーションの巧さから来ている。

M2ビル(隈研吾,1991)06_倉方撮影

M2ビルのデザイン要素のうち、「古典主義」のほうは葬儀場と親和性が高い。しかし、もう一方の未来派的あるいはバラック的な「無機質」のほうはどうか? やはり無機物になってしまったことを連想させずにはいられないわけで、都合がよくない。
これに対しては、即物的なデザインの照明にリングを付加するといった、最低限の処理で対応している。おかげで甘からず辛からず、都会的な葬儀空間が成立している。

M2ビル(隈研吾,1991)07_倉方撮影

古典主義のほうも、再解釈が施されている。
上の写真は別の式場の祭壇。あまりにちょうど良いので尋ねたら、外観のイオニア式オーダーに合わせて新たにデザインしたという。ベタからメタに反転したものが、また反転してベタに戻る。なんて知的な遊戯なのだろう…。

M2ビル(隈研吾,1991)09_倉方撮影

「バブル!」という言葉が思わず口をついて出る。3階に置かれたテーブルだ。
トレンディドラマのセットみたい。ここでどんな会議をするのだろうか?
「これからはノリの時代。古臭い会議室じゃ、乗り遅れますよ」とか広告マンから言われて、遊び知らずのサラリーマンがうっかり大枚をはたいてしまったような。

M2ビル(隈研吾,1991)10_倉方撮影

実際は、ユーザと開発者が直接に意見を交換する「M2サロン」として、数年間使われていたらしい。

M2ビル(隈研吾,1991)11_倉方撮影

株式会社メモリードが大理石のテーブルセットを同じ階に配しているので、これも「痛いデザイン」になっていない。
こうやって見ていくと、あるいはマツダの時よりもうまく機能しているのではないか?
葬儀場になって今年で6年。「MAZDA」の「2」として使われていた寿命をすでに上回っている。今の姿が真の姿、と言ってもいいくらいだ。

M2ビル(隈研吾,1991)12_倉方撮影

バブル物件としても、リノベーション物件としてもよく作りこまれていて、90年代、00年代の気分を一気に体感できる。M2ビルは生きている。
M2ビル(隈研吾,1991)01_倉方撮影

午前中の芝浦工業大学の授業のあと、ごはんを一緒に食べた大学院生に「午後は市民講座でM2の見学会なんだ」と話したら、「えっ、一般向けでそんな講座があるんですか!?」と言っていたが、それが、あるのだ。

アーキテクトファイブの「世田谷ビジネススクエア」(1993)に集合して、象設計集団の「用賀プロムナード・いらかみち」(1986)を歩き、内井昭蔵さんの「世田谷美術館」(1985)を見学。
考えてみると用賀には、丹下健三、吉阪隆正、菊竹清訓の弟子がそろい踏みで、その継承と変容を見る楽しみもある。
梅雨の晴れ間だったので、世田谷ビジネススクエアはミラーガラスの反射がシャープだし、用賀プロムナードでは絵に描いたように子どもが水遊び。世田谷美術館は次の展覧会の準備中で、中をゆっくり見せてもらった。

M2ビル(隈研吾,1991)02_倉方撮影

早稲田エクステンションセンター八丁堀校での講座はもう7年続いていて、受講生が高度なので、最近は個人的な興味を容赦なく押し出している。それで、M2に潜入しようなんて、思った。
隈研吾さんの設計で1991年に完成した「M2ビル」が2003年から株式会社メモリードの葬儀場(東京メモリードホール)になったというが、どんな風に変わったか知らない。というより、恥ずかしながら、そもそも内部に入ったことがなかった。あー「恥ずかしながら」なんて人が口にするのは、実は本当に恥ずかしくない時だ。
M2ビルを取り上げるとき、多くの人は外観だけを語る。名著『バブル建築へGO!』でも、内部が今どうなっているかは分からない。
だったら、みんなを連れて、潜入してしまえ! 友引に合わせて、見学のお願いをした。
とはいえ、少し不安もあった。これ、外観以外の面白さはあるのか?

M2ビル(隈研吾,1991)13_倉方撮影

環八通りの砧町東のバス停を降りると、そこは屹立するイオニア式オーダー(よく見ると老朽化で、柱身と柱頭の接点が少し怪しい)。
「え〜、隈さんらしくない〜」という受講生に、「いやいや、ウチらからすれば、隈さんといえば、これだぜ」と熱く語りながら、受付へ。
バスの遅延で予定時刻を過ぎてしまったわれわれを、清楚な女性社員が快く迎えてくれた。

M2ビル(隈研吾,1991)03_倉方撮影

オーダーの中は吹き抜けのエレベータ室になっている。周辺の素材は外観の印象とは違って無機質で、高速道路の防音壁が使われていたりする。
「M2」とは、そもそも「MAZDA」の「2」の意で、自動車会社のマツダが「本社ではできないこと」を試みる子会社のオフィス兼ショールームとして、このビルをつくったという。それでハイスピードの自動車にまつわる素材と、冷静沈着を売りとする古典主義の要素が遭遇している。
しかし、本社ではできないことって…。本社ですら、できなくなったその後を知ると、「選択と集中」という言葉が無かった時代が懐かしく思い出される。ここでない何処かが垣間見えたかのような、あの時代。

M2ビル(隈研吾,1991)08_倉方撮影

しかし、意外にも内部のデザインも細かいわけであり、例えば、男子トイレの小便器もトンガリキッズである。
ハサミで切り取られるようなメタリックな鋭角線を、屹立するイオニア式オーダーと関連づけて、「フロイトですね、わかります」なんて言ってしまうと、たぶんこっちの負けだ。

さらに、内部の驚きはオリジナルのデザインだけではない ― 後編に続く


6月13日のシンポジウム「『建築論事典』をめぐって−建築論と建築の現在を考える−」の主催は日本建築学会「建築論・建築意匠小委員会」。個人的に関わったりしているわけではないのだが、主題解説者に興味があったので、会場の法政大学に足を運んだ。

最初の主題解説者は、建築史家の陣内秀信さん。
増田友也さんと稲垣栄三さんの交流から話を始め、ティポロジアの方法論から、法政大学大学院エコ地域デザイン研究所の活動を踏まえながら、建築論の今後に「西欧(ギリシア視点)から始まった建築論世界の再構成」を期待する。「21世紀らしい日本発の論理を構築する必要」があり、それは「場所」「風景」「都市」「建築」の再定義を伴うと言うのだ。
陣内さんのお話は何度も聞いたことがある。だから、呑み込みやすかったが、やはり新鮮だった。面白かったことの一つが「トポス」の説明。「こういうことを今、一番知っているのがタモリではないか」という。秋からNHKで、タモリによる街探訪の番組も始まるらしい。前回の「建築雑誌」編集委員会でも、そんな話が出ていたからタイムリーかも。
その後、稲垣さんの保存論について休憩時間に話していたら、稲垣さんについて以前に書いた拙文をお褒めいただいて恐縮し、そんなものまで読んでいる陣内さんを畏れる。

続いては、構造家の佐々木睦郎さん。
佐々木さんのお話を聞いてみたいと強く思ったのは、「日経アーキテクチュア」の「2009年注目の10人」で、鈴木啓さん、小西泰孝さん、満田衛資さんの記事を書いた時だ。取材すると、お三方とも師匠である佐々木さんの精神を強く意識し、自分の個性と溶かし合いながら「構造家」と呼べる仕事をされている。
そのインタビューの中で佐々木さんの言葉として聞いた「計画は意志だ」を、一番に彷彿とさせたのは、せんだいメディアーテークの説明だった。伊東豊雄さんの案を〈ミース的な水平の床の積層+ドームのようなチューブ〉の融合と見たという。
こうした解釈を行い、統一されたイメージとして抱くことが「意志」。雑多な与条件に、ある観点を与え、世界を描き直す。それがあるから、ものの形を決める時に、ある部分の形が適切かそうでないか判断できるのだろう ― 当然ながらどのような構造をとるかには選択の幅がある。それは建築家と同じだ。
「ある建築のあり方を捉えていく時に、一番最初に構造があるのであって、外延ではない」と最後に言われた。それが説得力があった。

最後に、環境行動研究の高橋鷹志さんがお話される。
高橋さんのお仕事に関しては、不覚にも知らなかった。環境行動研究というので、工学的な話かと思っていたら、哲学だった。「建築(構築環境)の目標とは何か」という問いを提出し、古代ギリシア、16世紀から、モダニズムの考え方までも参照しながら、「自在」「慎」「喜」「移行」といった言葉を通じて、それを明らかにする。思想と言うより、哲学の講義を受けた時の感触に近い。しばらく使っていなかった神経を刺激された感じだ。
「一般の市民も構築環境のデザイナーである」。この言葉だけ聞くと平易な主張のようだが、その奥にはロジックとしての哲学があり、その支えとして工学的な研究が位置づけられているということだろう。

休憩後の全体討論には、前田忠直さん、小林克弘さん、林一馬さんが登壇される。前田忠直さんは、京都大学の建築論スクールの大御所。お話をお聞きしたことは無かった。東京でそういう機会は、なかなか無いだろう。そんなことも、今日来てみた理由の一つだった。
「建築論とはどういうジャンルなのか?」、「学でもなし、術でもなし。それはそもそも人間にとってどうであるのかという、学以前、術以前」。お話は分かりやすかった。話されているのは難解というのではなく、プリミティブな事柄だった。だから深い問いかけとして持続する。
高橋鷹志さんのもそうだが、お話を聞きながら頭の中で重なっていたのは、吉阪隆正の言葉と行動だった。勝手に遠く思って「敬して」いてはいけないなと思う。

建築論飲み01

終了後の懇親会も開かれた雰囲気。京都大学の朽木順綱さんや陣内研の元気な院生と話しこむ。
二次会で奥山信一さんと初めてお話する。口調はオーキッドバーによく似合う寛ぎを感じさせ、しかも一言一言が鋭い。両方同時というのは、なかなか無い。響がおいしかった。
0時前に解散したのだが、高村雅彦さん、下吹越武人さんともう1軒。高村さんと一緒だと、新宿もまるでアジアなのだ。

建築論飲み02
Nコレクション展

巨匠が誰かを言うと「このあいだ日記に書いただろ。金取るぞ(笑)」と言われるので、言わない。

ただ、3つだけ簡単に書いておきたいことがあって、
一つは、これは東大生研の大田省一さんのアイデアで、担当されている『建築雑誌』8月号のフィールドワーク特集の巻頭を飾るインタビューだということ。字数の制限があるので、どこまで載るか分からないが、楽しみにしていてください。

二つは、2006年の『GOETHE』創刊号に巨匠の「喧嘩人生」が12ページにわたってフィーチャーされていた。シブい、いい所に幻冬舎が目を付けたなと思いながら買っておらず、今回古本で購入。目を通して、ライターの石川拓治さんの文章力にうなった。臨場感を盛り立てる構成で、ぐいぐい読ませる。しかし、情報と解釈は的確で、決してカッコイイ雰囲気だけを醸し出す文章、ではない。
雑誌でこういう記事を見かけると、世の中、捨てたものではないと思うのはなぜだろう?

三つは、これは事前のお話の中での言葉だったのだが、「日本の建築家は頼まれないと仕事をしない(だからダメだ)」という一言にハッとした。
確かに、あっちの建築家って、特に若い頃には、頼まれてもいないプロジェクトを持続的に、憑かれたようにつくり出す。ああしたアンビルトの伝統の強さは、日本にはあまりない。菊竹清訓さんとか、安藤忠雄さんといった人はいるが、それが例外的に思えてしまうほどだ。
記事の冒頭の写真は、金沢工業大学で4月に行われた「Nコレクション」展の光景だが、これも「頼まれていないが自分の仕事はある」と思っている世界の建築家が、編集者・中村敏男さんに託したもの。

もちろん、建築は依頼されてなんぼである。依頼芸術である。実際につくられる過程で介入してくるファクターをいかにさばくか、また、施工レベルの問題をいかに災い転じて福と成すか、そこに「建築家」の本性が現れる。だから、アンビルトの計画などは、本来の建築家の実力ではない。そうしたものに重きを置くのは、悪しき計画概念の、イデア中心主義の残滓である。それよりは、うまく立ち回り、仕事をとり、小さくてもいいから実現させた人を見るべきだ。
そんな風潮は、それ以前よりも90年代、0年代と向かうにつれて、高まっているのではないか。考えてみれば、僕が評論を書く時の傾向も、そんな風潮の中にある。しかし、それだけでは小さくまとまってしまうのだ。頼まれてもいないのにマイワールドを構築することすべてが、用済みになったわけではないだろう。あるいは、今そんな建築は、いわゆる建築界の外にあるのかもしれない。吉岡徳仁さんとか。
そんな風に、いろんな連想がわいてきた計7時間。
B面からA面にかわるとき

スキーマ建築計画の長坂常さんが『B面からA面にかわるとき』という本を出された。変なタイトルだが、長坂さんらしくもある。ちょっとしたことが決定的で、モノの位相が変わるということが、あるのだ。
戦後の邸宅、長坂さん言うところの「スネ夫の家」をリノベーションした近作「奥沢の家」には、これまでの位相転換の手法を集成したような趣があり、そして贅沢な住まいだった。
そして、この本も贅沢だ。詳しくはこちらを参照。

NOW IDeA by UTRECHT
http://www.utrecht.jp/aoyama/exhibition.html

表参道のNOW IDeA by UTRECHTで行われた出版パーティには、寄稿されている青木淳さんも来られていたし、いろいろ大勢。
執筆者としては知りながらずっとお話する機会がなかった方や、何となく企画のキャッチボールが止まっていた編集者にもお会いして、懸案が消化できたような爽快感。長坂さんのお陰だ。

FLAT TABLE

岡安泉さんも来られていたので、「『建築ノート』の新しい号で、伊東豊雄さんが、台中メトロポリタンオペラハウスの照明を岡安さんに手伝ってもらっているとしゃべってましたよ」と言ったら、「えっ、ほんと!」。以前に岡安さんから聞いていて、その時はヒミツという話だったのだが、情報が本丸から漏れるという…。

話していると、会場の照明も岡安さんが手がけたのだった。その下で、長坂常+なかむらしゅうへいさんの「FLAT TABLE」の新作が照らされている。エポキシに染料を混ぜてできたその姿は、さまざまなバランスで成り立っている。
透明なのか不透明なのか、旧いのか新しいのか、塗装なのか素材の重層なのか、傾いているのかフラットなのか・・・それが、はかなくて、強い。

長坂常さんの「AとB」は、6月14日(日)までNOW IDeA by UTRECHTの出版記念展示で見ることができる(12:00〜20:00、月曜定休)。